アンハッピー・アライブ

日朝 柳

あなたはきっと、生きていく

命を狙われたら、まずは反撃しましょう

「はぁ、はぁっ……」


 片足を引きずりながら路地裏に逃げ込む。影が伸びて振り返った自分の顔を覆った。


「追い詰めたぞ、運び屋!」


 相手は興奮していてこっちの話をいっこうに聞こうとしない。何度も違うと言いながらにじり寄る彼から逃げるために後ずさりする。冷たいものが手に触れる。後ろを見るとそこは壁でここは袋小路だったことに今気づく。


「諦めろ。代わりに、一撃で葬ってやるからさ」


 右の掌を開いて左手を添える。彼の目はギラギラと獰猛に光ってゆっくりと近づきながら聞いたこともない言葉を呟く。


 逃げることはできない。足も痛い。何もしていない僕がどうしてこんなひどい目にあっているのかもわからないまま僕は死んでしまうのか。


 それでも動かない体は、弱くて、みじめだ。


 詠唱が終わって彼の右手が光る。灯を掻き消す光が僕に向いた。


「これで、終わりだ!」


「いいえ。残念だけどそれはないわ」


「誰だ!」


 ビル街の袋小路。声が反響して声の主はどこにいるのか分からない。だが、その正体を探す間もなく着地音が僕を殺そうとする人の背後でした。


「私はその子に用があるの。悪いようにはしないから私に譲ってくれるかしら」


「黙れ!これは俺の獲物だ。お前みたいなわけの分からない女なんかにみすみす渡すわけないだろ!」


 その右手の光は急転換して彼女に向けられる。


「か弱い女子にそんなもの向けてはいけないと習っていないの?」


「あいにく。俺は義務教育を受けてないからな」


「そう。なら自分を恨むことね」


「それはお前だ!」


 掌を閉じる。何かを掴んだ彼はそれを彼女に向かって投げつける。掌を開いたと同時に光は凝縮されたエネルギーを放出して横一線に焦げ跡を作る。


「ははっ。だから言わんこ、っちゃ、、ない?お前、なんで生きてるんだよ」


 真っ二つにされた彼女の体は、あっという間に繋がって何のダメージもなかったかのように笑みを浮かべていた。それを見た男は言葉を失う。


「あなたにこの種を教えるつもりはないけど、いいのかしら。そんなに隙を見せていて」


「あっ?、、、、あ、く、あが、、、、、!」


 頭がアスファルトを叩く音がする。背後で締め技を決めた少年が足を痛そうにしながら立っていた。


「ごめんなさい」


「謝ることはないわよ。そもそも、そいつがあなたを殺そうとしていたんだから」


「でも」


「………まぁいいわ。とりあえず壁にでも寄りかからせてここから逃げるわよ」


彼女は両手で倒れた男を引っ張る。僕もそれを手伝うと、彼女はそのまま「着いてきて」と言って金網をジャンプで越えると走っていく。


「待ってください!そんなのできませんって」


「あら、そうだった。あなた一般人だったわね」


 なぜか嘲笑うような表情を向けられた気がするんだけど気のせいだよね。


「ここよ」


 発条がデザインされた場所には保護色のように壁と同化した色が塗られている。よく目を凝らすと取っ手がありそれが扉と分かる仕様になっていて彼女に言われなかったら素通りしている気がした。


 取っ手に触れると自動で扉が壁にめり込んでスライドする。奥には階段が現れてこちらを招待している。


「ほら、驚いてないで早く」


「は、はいっ」


 階段を降りるとそこは何かの工房で、壁一面に何か魔法陣のようなものが書かれた紙が貼られていて、机には白髪で眼鏡をした職人のような人が地図とスマホを見比べながら頭を抱えていた。


「カラ爺、連れてきたよ。この子であってるでしょ?」


「ああ、ありがとう。キミがその子ね。少しだけ待っててくれる?」


 そう言って立ち上がった彼は座っていた時の姿勢の悪さとは裏腹にとてもスタイルが良い。挙句戻ってきたときの彼はどうやら顔を洗っていたらしくそれだけでも若々しく見えた。そんな彼は温和な表情で僕が緊張しながら座っている机に座ると、さっきの少女がお茶を出してくれる。


「あ、ありがとうございます」


「いいえ」


「キミ、そんなに緊張しなくてもいいんだよ。ここは安全だからさ。そうだまだ自己紹介してなかったね。私は空咲譲。カラ爺と呼ばれることが多いかな。よろしく」


「家接孝也です。よろしくお願いします」


 握手をすると、でかくてかたい手が僕の手を包み込む。しかしそれからすぐに彼は頭を下げた。


「突然君を連れ去る形になってほんとうに申し訳ないっ!僕らもきみが ピンチだと分かって仕方なく手を出さざるを得なくなってしまったんだ」


「いえいえ。あの時あの子が助けてくれなかったら今頃僕はどうなっていたか」


 そう言って彼女を見ると、目が合ったがすぐに逸らされる。目的があったにせよ命の恩人なのには変わりない。また後でお礼を言っておかないと。


「あの子は雪広静ちゃん。ここのエースストライカーで、唯一の公認魔狩師だよ」


「魔狩師?」


「さっき君が襲われた原因はきっと運び屋だと勘違いされたからだと思うんだ。そう言われなかったかい?」


「確かに、最初いきなり襲われた時から運び屋って言われた気がします」


「やっぱりか」


彼は魔狩師と運び屋、二つの単語を紙に書いて双方に矢印を付け加える。


「これが魔狩師と運び屋の関係性なんだ。運び屋とは通称で、悪魔、天使、妖怪、妖精。他にもたくさんあるけどまとめるなら人ならざる者のことを総称して運び屋と僕たちはよんでいるんだ。そしていうまでもないけど、それを現世から解き放つのが魔狩師の仕事っていうわけ」


「ならなんで僕が」


「そういうのも当然だよね。だけど、僕は今一度君に尋ねたいんだ」


 彼は手鏡を取り出してこちらに向ける。そこには、いつもの通りなにも変わらない自分の顔と、いつの間にか色の変わった髪があった。ほとんど変わっていないが白いメッシュが入っている。僕は生まれてこの方染めたことなんてないからこんなことなるわけないのに。自分の顔を見ながら髪をかき分けるが、根本から髪は白いし、抜いても確かにそれは白い。


「なんですかこれ?もしかして僕いま何かヤバいんですか」


 こうして自分の中の何かが変化していると知った今、落ち着いていられなくなってくる。


「だからここにこうして君を連れてきたんだよ」


「それはどういう」


「考えるに、きみは先祖返りが起きているんだ。何かはまだ分からないけど何かが君の先祖の力を呼び覚ましたってことになる。心当たりはある?」


 心当たり……。最近妙に体の調子が悪いことかな。


「いや、たぶん分からないですね」


「そうか…………。でも君は力に目覚めてしまった以上普通の生活とはお別れをしないといけないことだけは覚悟してほしい」


「それはなんとなく、襲われた時点で感じていたんで」


「ごめんね。でも今日からここはキミが安全に暮らせる場所だよ。雪広ちゃんもきっと歓迎してくれるからさ」


「そうですね。……よろしくお願いします」


 新しく始まった生活。それは突然で。本当なら戸惑っているはずなのに、この時はなぜか少しだけ心が躍っていた。

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