意味転生

@yabikarabouni

第1話「ボール」

昔っから、スーパーのレジ横にあるこれの存在意義が分からなかった。


プラスチック製の入れ物の中に、ピンポン玉ほどの小さなスポンジが入っている。


スポンジは常に少し濡れていて、これに触れることでレジ袋をめくりやすくする……らしいのだが、正直、必要だと思えない。


俺は使ったことがないし、誰かが使っているのを見たこともない。そして、おそらくは、これからもずっと……。


商品カゴから惣菜を取り出しながら、そんなことを考える。


……あ、洗剤買い忘れたな。




家に着いて、はじめにすることは決まっている。

「っぷぱ~っ!!」

キンキンに冷えたビールを呷り、盛大にゲップをする。

もちろん、パンイチで。

ビールの缶を片手に、惣菜を摘む。


さてさて、テレビでも付けてっと……。

「今話題の俳優、佐倉潤さんがインタビューに応じてくれました!どうも、よろしくお願いします!」

「どうも、佐倉潤です。本日はよろしくお願いします」


……っち、クソが。嫌なもん見ちまった。

ビールを呷る……が、すでに空っぽだったことを思い出した。


「はあ。」


佐倉潤……小学時代は一番仲のよかった友達だった。

クラスの中心でいつも楽しそうに笑う、家でゲームしかしていない俺とは正反対のやつ。

俺とあいつが仲良くなれたのは、「俳優」という共通の夢があったからだ。

よく、二人でテレビを観ながら、俳優になりたいと話していた。

今思えば恥ずかしい限りだが……それでも、あの頃は本気でなれると思っていたし、信じていた。実際、あいつは俳優になったが。


中学に進学して、俺は少しずつ現実と向き合うようになった。

俺に俳優なんてできない。そんな考えが、だんだんと強くなっていった。

俺があいつと話さなくなったのは、その頃からだったと思う。


青春をインターネットに浪費する俺と対照的に、あいつは少しずつ活動を公にしていった。

事務所に入り、雑誌やドラマに出演。

その努力は報われ、あいつは一躍大人気俳優の仲間入りをした。

TVを点けるとあいつが出る。街を歩くとあいつが映る。

あいつが映らないものなんてないんじゃないかってくらい、あいつの姿を見るようになった。


あいつの顔を見るたびに、俺は誰かから責められているような気がして、すぐに目を逸らしてしまう。




でも、いつからかあいつの姿を見ることもなくなった……それもそうだろう。だって俺は…………


俺は……異世界に転生したのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

意味転生 @yabikarabouni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る