第655.5話 弥八郎は、法の抜け道を考える

天正12年(1584年)11月中旬 武蔵国江戸城 本多弥八郎


半兵衛殿のお気持ちは分かった。だが……正直な俺の気持ちとしては、そんなずっと先の話などよりも、今の話の方が問題だ。


『小石川のルイス殿や江戸を訪れる南蛮人との友好関係を如何に守るのか』


寧々様からの書状によれば、来年の夏ごろまでには肥前を除く全ての国への南蛮人の立ち入りは禁止となる見込みらしい。しかし、そんな事になれば我が豊臣家は大きな痛手を受ける事になるのは必定だ。


それゆえに、法政長官として何か抜け道はないかと考えている。簡単に見つかりはしないが、必ず何か方法はあると信じて。


「弥八郎様。若殿がお越しになられております」


ただ、忙しい俺はその事だけを考え続ける事を許されない。


「弥八郎、邪魔をするぞ」


「はっ……」


先程は半兵衛殿……そして、今は若殿に邪魔をされて、思考は中断を余儀なくされた。それにしても、石田殿や成田殿まで一緒とはどうしたことだろうか。


「実はな、二人に勧められたのだが……戸籍を作ろうかと思っている」


「戸籍?」


確か戸籍とは、律令制の導入時に民の状況を知るために作られていたと聞いているが、それも平安の御代が終わる頃には廃れていたはずだ。それを今更何のために?わからないな……。


「そう難しい話ではありません。戸籍を作れば、税を集めるのにも効率が良いというだけの事ですよ」


すると、横から成田殿がそう補足するように俺へ説明した。隣で石田殿が頷いているので、間違いないだろう。


「だが、それはわかったが……なぜ、その件で俺に?」


「当然だが、戸籍を作られたら確実に税を取られるからな。抵抗して従わない者も現れるだろう。そこで、それを防ぐために予め罰則を設けたいと思うのだ」


「つまり、若殿はその罰則を某に相談したいと……そういう事で?」


「その通りだ。罰則を設けなければ、法は成り立たぬであろう?」


それは確かに若殿の言われる通りだ。法を定める以上は罰則も合わせて決めておく必要はあるだろう。しかし、従えぬ者は江戸から追放とは些か重すぎるような気がする。それは、石田殿も成田殿も同意見のようだ。


「では、弥八郎の意見は?」


「某としては、罰金刑で良いのではないかと思います。そうすれば、その分国庫も豊かになりますし……」


「そうか……弥八郎も石田らと同じ意見か」


なんだ。二人ともすでに俺と同じ意見を出していたという事か。つまり、今日ここに来たのは若殿を説得してもらいたい……そういう事だったのか。


しかし……戸籍か。ふむ、戸籍ねぇ……。


「ん?弥八郎。如何いたした。どこか身体の具合でも悪いのか?」


「ああ……暫し、お待ちを。何か……今、思いつきそうなので……」


「弥八郎?」


若殿は訝し気に俺を見ているが、今はそれどころではない。あと少しで良き思案が生まれそうなのだ。南蛮人との友好関係を守るための……法の抜け道が……もうすぐ、もう少しで……。


「弥八郎、本当に具合が悪ければすぐにでも医者を……」


「そうか!その手があったわ!!」


「わっ!?」


そうだ、戸籍だ!戸籍に登録さえすれば、ルイス殿とて我が豊臣の民。つまり、南蛮人ではなく、日の本の民ということだ。どうしてそんな単純な事にこれまで気がつかなかったのだろう。俺としたことが実に間抜けな話だ!


「おい、弥八郎……突然どうしたのだ?」


「あ……これは、失礼いたしました。ですが、若殿!思いついたのですよ!!」


そして、こうして策が浮かんだ以上は、実行に移すだけだ。俺はその手始めとして、若殿にルイス殿の戸籍を作るよう進言した。「瑠偉須」という名で……。

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