第515.5話 茶々は、先に大人の階段を上った義妹に焦りを覚える

天正8年(1580年)7月中旬 若狭国後瀬山城 茶々


今日も政務の中休みで来られた新次郎様といっぱい楽しいお話をした。お世辞にも美男子とは言えないけど、とっても優しいし、何よりも一生懸命努力をされているお姿に……わたしの心は『大好き』であふれている。


だから、新次郎様が政務に戻られた後、喜んでもらおうと思ってお菓子を作ろうと台所に向かう事にした。作り方は、莉々お義姉様に教わっているから、たぶん大丈夫だ。


「あ、伊也殿……」


「これは、茶々様。ご機嫌麗しゅう」


そして、途中で徳三郎様に嫁いだばかりの伊也殿と遭遇した。わたしは折角の機会なので仲良くなりたいと思い、彼女をお菓子作りに誘う事にした。


「どうですか?徳三郎様も喜ぶと思うのだけど?」


しかし、そのように誘ったみたものの、伊也殿は「また今度」と断ってきた。少し残念な気がしたけど、無理強いすることではないので強要はせず、その後ろ姿を見送った。


「あれ?」


ただ……その後ろ姿であるが、何か違和感を覚えた。極端なまでに内股で歩いているし、腰が痛いのか右手を時より当ててもいる。それゆえに心配して、わたしは嶺松院殿に相談することにした。


「え……伊也殿がそのようなことに……?」


「そうなのです。もしかして、お怪我をされていては一大事だと思いまして……」


何しろ、伊也殿は徳三郎様の妻でわたしの義妹にあたる大切な人だ。馬とかにも良くお乗りになられているとも聞いているし、心配するのは義姉の義務だと思っている。


だけど、嶺松院殿は「まあ、別の意味で一大事ですけど……」と呟き、言葉を濁された。ゆえに、不信感を抱いてわたしはきちんと教えてもらうことを望んだ。もう子供ではないのだからと。


すると……嶺松院殿はわたしにそっと近寄って、耳元で囁いた。「どうやら、伊也殿は徳三郎様と睦み合ったようですね」と。


「む、睦み合った!?そ、それって……あ、あれですよね。は、裸で……子供を作る行為を……ということですか!」


「しっ!姫様、お声が大きゅうございます」


「あ……ごめんなさい」


その光景を想像したらつい興奮してしまった事を反省して、わたしは嶺松院殿に謝罪した。だけど……どうして二人がそんな事をしたのかわからない。


「もしかしたら、細川家が許されて……離縁の危機が去ってホッとしたから、盛ったのかしらねぇ……」


嶺松院殿は半ば呆れたようにそう呟かれたが、それでも意味が分からない。だから、「間違って子供ができたらどうするつもりなのか」と思い、その気持ちを口にした。しかし……


「姫様、畏れながら申し上げますが、子ができるのであれば、非常に喜ばしい事かと存じます」


「え……?」


嶺松院殿は、わたしの考えをはっきりと否定した。そういう事をするのは大人になってからと聞いていたのだけど、それは間違いだったのかしら?


「それは間違いではありませんが……伊也姫様は、年の割に体つきが良いですからね。徳三郎様がそういうお気持ちになるのは、仕方ないかもしれませんね」


つまり、徳三郎様がそういう気持ちになる程、体つきが良くなったから……伊也殿は大人になったという事かしら?


あれれ……おかしいわ。わたしとたった1つしか違わないのに、わたしは子供で、伊也殿は大人……?


「ひ、姫様……こういう事は、個人差がございます。何も伊也姫様とご自身のお姿をお比べにならなくても……」


「だけど……伊也殿の胸は瓜が入っているのかと思う位に大きいのに、わたしは……薄っぺらなお餅位の膨らみ……」


「こ、これからですよ!ひ、姫様はこれから大きくなるのですから、何もそう焦らずとも……」


「でも、嶺松院殿。膨らまない人もいるのでしょ?お稲殿のように年をとってもぺったんこだったら、わたし……」


そうなったらきっと、新次郎様に捨てられちゃうんだわ!怖くなってきて、涙がこぼれた……。


「何もそうと決まったわけではございますまい。それに……世の中にはぺったんこの方が良いという殿方もおられますので、その時は新次郎様をそちらの世界に引き摺り込めばよろしいではありませんか」


そういう物なのかしら?でも、そういえば……お稲さんにも半兵衛殿という旦那様が居たわね。なるほど……その時は新次郎様を半兵衛殿のように『つるペタ愛好家』にすればいいのか……。


「どうです?元気が出ましたか……?」


「はい。一筋の光明が見えて参りました。でも……どうやって、新次郎様を『つるぺた愛好家』にすればよいのでしょうか?お稲さんに訊いた方がいいですか?」


「お稲さんに訊いたら、確実にこっぴどく叱られますので止めておきましょう。それに先程も申し上げましたが、必ずつるペタのままとは限りません。それはあくまで最悪の場合は……ということで……」


そして、嶺松院殿はわたしに囁いた。兎に角、今の体でもいいから、まずは新次郎様がそういう気持ちになるように誘惑するようにと。上手くできるか自信があるわけではないけど、やるしかないと……わたしは覚悟を決めたのだった。

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