第220.5話 今孔明は、東の風を吹かせて称えられる

元亀元年(1570年)12月下旬 越前国北の庄 竹中半兵衛


浅井の旗が西に向かってたなびいている。そして、その風にあおられる形で今、対岸の北の庄は、真っ赤に燃えていた。どうやら、慶次郎の部隊による火付けが上手く行ったようだ。だから俺は、次の段取りを進めるために、祭壇から降りることにした。


「それにしても……真に東の風を吹かせるとは……」


「流石は、今孔明と言った所か……」


「まさにその智謀、神のごとし……」


本陣に集まっている浅井軍の諸将からはそのような声が上がっているが、実のところは大した話ではなかったりする。士気を鼓舞するために、古の諸葛孔明を真似て祭壇に上り、あのような祈祷を行ったが……毎日やっていれば、そのうち東の風が吹くこともあろう。


つまり、それが今日の今だっただけの話だ。


「海北殿、手筈通り川岸を鉄砲隊で固めてください。そして、渡河してこちらに向かってくる者は容赦なく撃ち殺すように」


「承知した!」


「無人斎殿、天海殿はその援護を。しかし、くれぐれも川を渡らないようにはしてください」


「「心得た!」」


「遠藤殿は、慶次郎の部隊が帰還したのを確認したら、すぐに合図の花火を打ち上げて下さい。北に逃れた連中が九頭竜川を渡ろうとするはずなので、これを一網打尽にします」


「承った!」


「あとの方々は、この本陣を固めてください。見ての通り、すでに我が策は成っておりますが、窮鼠猫を噛むというように、この本陣まで攻め込んでくる者たちもいるかもしれません。そのつもりで、最後まで警戒を解かれないよう……」


そうはいっても、その可能性はゼロだと心の内では断言する。この天才に抜けなどあるはずはないと。


「半兵衛」


「これは、左京大夫様……」


そんなことを思っていると、総大将である浅井長政公が俺の所に歩み寄ってきた。


「見事なものだな。何から何まで、本当に……」


「畏れ入ります」


以前は、あまりにもアレ過ぎて、つい下克上を企んでしまったが、本当に人は変わる者だと思う。今では、文句のつけどころがない大国の戦国大名だ。


「それで、この後の手筈だが……」


「もうじき、九頭竜川の濁流が眼下の北の庄に流れ込んでくるでしょう。おそらく夜明けには水は引くと思いますので、その後ご出陣を」


そして、死屍累々の北の庄を堂々と進み、九頭竜川の畔で首実験を行い、この戦の勝利を高らかに宣言してもらう。そうすれば、越前の民も長政公こそが主であると認めることだろう。


「相分かった。そなたの指示に従うこととしよう」


「畏れ入ります」


「ところで……まだ勝ちが確定したわけでもないのに、このような事を言うのは何だが……誰がどう考えても、此度の戦における最大の功労者はそなただ。いくら陪臣であるとはいえ、俺としては何もしないわけにはいかない。何か所望するものはないか?」


「所望するものですか……」


領地など貰っても管理が面倒臭いし、金を貰っても欲しい物はないし、最近流行の茶道具もそこまで興味があるわけではない。う~ん、やはり何もないな……。


「まあ、すぐでなくてもよい。考えておいてくれ。ところで、寧々殿は?」


「寝ていますよ。流石にずっと馬に跨り仁王立ちしていましたからね。疲れたのでしょう」


だから、こうして策が成った以上は、ご苦労様でしたと起こしたりはしない。寧々様はどう思われているかは存じないが、そこまで俺は鬼ではないのだから。

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