第23話 歪みの元へ


冗談じゃない。

やはりこの物語の世界は、

登場人物をなにがなんでも殺したいのだろう。

私の時と同じように。

今の私に、

五十万の人間を相手取る魔力や

倫理観の欠如もない。

取れる方法は一つだけ。


「戻るぞ…大島家に!」

「はい!」

「うん!」

「メグミはシルファンを担いでくれ!」

「了解!」

「ユウキは…メグミを応援してくれ!」

「がんばえー!」


シルファン宅に入る。

歪みはこの家の中に生成されていたはず。


「あった!」


家屋が壊されたりしない限りは

その場に留まるようだ。


「入ろう」

「うん」

「ええ」



歪みを通り抜けると、家。

森の中に何故かあった一軒家だが、

よく見るとシルファンの家にそっくりだった。

そんなことは今はいい。

耳を澄ます。

草を書き分ける音。

唸り声。

やはり近くに、狼がいる。


「やっぱり狼がいる、

魔法で飛ぶから皆準備…を…」


シルファンが、三人いる。

床に寝転がっている。


「え?…え!?」


メグミが驚いている。


「降ろしたのか?」

「そう…怪我人だし、

行動を起こすまでは安静にと…」


妥当な判断だ。

それを責められやしない。

だがこの三人のうち二人は奴だとして。


「どれが本物のシルファンだ…?」


前回は私が私であるという自覚が

あったからこそ、

奴を突き放せた。

自覚を発揮出来る本人が寝ている今、

どう見分けるんだ?。

見た目に全く差異はない。


「ん!」


ユウキが突然、左端のシルファンに指差した。


「ほんもの!」

「どうして…?」


何も分からないのに一番槍を疑うだけ疑う。

大人気ない。


「これ」


ユウキはシルファンの右手を開いた。

その手には短くもなく長くもない

髪の毛が付着していた。

撫でた時に着いたものだろう。

本当に賢い子だ。


「ありがとう」

「えへへ」


メグミは即座に左端のシルファンを担ぐ。


「二人は2階に上がっててくれ」

「うん」

「はいっ」


その間に、カーテンを剥ぐ。

ユウキ一人やメグミ一人なら抱えて飛べたが、

三人では腕の長さが足りない。

このカーテンを使う。


『帰レ』


背後から気配。

全くこいつは、

歪みを見てもいないのに物事を伝えてくる。

こいつだけは未だに理解が追いつかない。

敵ということしか。


『脱兎』


机を高速で奴らにぶつける。

吹き飛んだ隙に2階へ上がる。

窓を開けたメグミとユウキが、

準備万端とばかりに身を寄せあっている。

ちょっと妬ける。

剥いだカーテンで全員を覆う。


『天の虫』


カーテンを魔法で裁断し、

全員の服に縫い付け縛る。

ただ布で縛るよりも、数段効果的だ。


「直ぐに行く、身構えな」

「はい」

「うん」

『虫の皇!』


急上昇する。

木の枝が多少邪魔になったが、

その防御としてもカーテンは役に立った。


『優駿!』


そして加速する。

帰り道に見当はついている。

一直線に進むだけだ。


『ポコ』


泡の音。

後ろを振り返ると、奴らが膨らみ始めていた。


「いいいいいい!?」


つられて振り返ったメグミが仰天している。

そりゃそうだ。

見た目は完全に、

顔を泡立てて膨らむシルファンだ。

それにあの世界の住人なら、

異形に慣れていないだろう。


「目を瞑っていてもいいよ」

「いえ、大丈夫です!」


ユウキを一瞥してメグミはそう言った。

ユウキは目を開け、前方を見ている。

なんというか、殊勝な娘だ。

森を抜け、館が見えてくる。

心象風景とはいえこれほど

綺麗な建物を壊すのは忍びないが、

無駄な原則を避けるためだ。


『城塞!』


壁を粉砕し館に侵入する。


『帰レ』


そこは既に、大量の奴に溢れていた。


「何!?」

「嘘!?」


背後を一瞥する。

いない。

目を離したら瞬間移動する能力でもあるのか?。

だが今そんなことを考えている余裕もない。


『城塞城塞城塞城塞!』


後方以外の四方向に『城塞』を追加する。

もうそろそろ、魔力が尽きるかもしれない。

速度をそのままに、奴らを押しのけながら進む。

伸ばすだけ伸ばしてくる手のせいで、

視界が手に覆い尽くされる。


「うへぇ」


確かにこれは辟易する。

館の構造からして、もうすぐだろう。

窓のある壁を破る。

外だ。

遠方には炎と廃屋が見える。

その廃屋の影から、奴らが除く。


『帰レ』『帰レ』『帰レ』


外に出た時、視界から外れたか。

なんにせよ地面からは手も届かないだろう。

直ぐに目的の地点が見え始める。


「う」


待ち構えていたように、奴らの山ができていた。

海底で蠢く海洋生物に似ている。


『爆ぜよ!』


山の中心に爆発を起こす。

上部の奴らが剥がれるだけで、

まだ奥に沢山残っている。


『山の怒り!』


天変地異の一角を起こし、奴らを吹き飛ばす。

威力が強すぎたのか、

粉々に砕け散る者も現れる。


「ううっ」


気分を悪くさせただろうか。

だがその甲斐あって、地面が見え歪みが現れる。

おそらく最後の魔法になるだろう。


『風切羽!』


方向は斜め下。

飛び込む。


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