第15話その長いくせのついた金髪
夕刻。
林の道。
ユウキの言う通り、長時間夜の警備をしている。
ただ。
「ふふーん」
何故か着いてきている。
「なあ…いい加減帰ってくれないか?」
「やだ」
「ユウキのためなんだ」
「やだ」
このやり取りを、もう何十と繰り返している。
野生動物見たさで着いてきているのだろうか。
「狼といったらあれだぞ、がおーだぞ、がおー」
手で狼の爪を真似る。
「きゃーん」
喜んでいる。
この子に対しては何をしても無駄のようだ。
「はぁ、…?」
ため息に混じって、何かがざわめいた。
茂みが揺れる音。
風は強くない。
足を止め、剣の柄を握る。
自分の様子を察してかユウキも足を止め、
脚にくっつく。
「それでいい」
ゆっくりと、抜剣する。
ざわめきは徐々に広く浅くなる。
もう既に、囲まれている。
「grow!」
やはり狼だった。
そして思ったとおりに、
一番鼻息の荒いやつが先陣を切ってきた。
残念ながらそいつはもう既に、
大事な鼻と体が泣き別れている。
いや、正確には頭と体か。
ともかく一体目。
先駆けを皮切りに狼が一斉に襲いかかってくる。
ユウキが丁度尻に
くっついてくれているのでやりやすかった。
地面に刃が当たるほど振り抜いても、
ユウキには柄も接触しない。
だからこそ、
ただ横に薙いでいくだけの作業だった。
最後の一匹には、右顎と左顎を追加してやった。
これで終わり。
茂みを切ってある程度血糊を削いだ後、
剣を鞘に収める。
「ふおおおーー!!」
ユウキは興奮している。
野生動物に会えたからか、
はたまた戦いを間近で見たからか。
それはユウキのみ知るだろう。
隣国が進行してきた際、
シルファンは小隊長としての才覚も発揮した。
隊の死傷者が最も少なく、
かついくつかの戦功も立てていたので、
勲章を狙っている他の騎士たちに
命を狙われることもあった。
幸いそれに気づかず、
シルファン自らが授与を辞退したことにより、
事なきを得た。
その後女男爵の計らいで、
休暇の意味の籠った辺境への
派遣命令がシルファンに下った。
その折、ユウキという少年に出会う。
その少年は…
「見つけました!」
最終章直前の、
狼の討伐辺りでユウキの文字を見つけ、
滲んだ文字も見つける。
「そうか…」
「なので、この辺りに…」
目下には、鬱蒼とした森林が広がっていた。
犬らしき動物の唸り声も、
そこかしこから聞こえてくる。
ここに、あるの?。
「いやはや、ありがとうございますじゃ」
「いやあ、ユウキくんのおかげですよ」
ユウキはしたり顔で胸を逸らしている。
「いやいや騎士様も凄かったですよ!」
ユウキの監視役は言った。
実は村長宅にユウキを見せに行った時から、
村長の命令で監視役が着いていたらしい。
その監視役が狼を討伐した現場に居合わせ、
即座に村長に報告してくれたという訳だ。
掌を返すように、
他の村人からも惜しみない賞賛が送られてくる。
これが自分で狩って死骸を持っていったら、
張り切りずぎだと思われたかもしれない。
「死骸はそちらで
毛皮にするなりなんなりしてくれ、
私に分前はいらん」
「それはそれは、重ね重ねありがとうございます」
「恐縮だ」
そんなやり取りを三度ほど繰り返した後、
土産を渡され帰路に着く。
手柄の発端が自分ではないにしろ、
あれだけ褒めれれば嬉しくもなる。
これでやっと、村人に認められただろうか。
そう思わずにはいられない。
隣で歩くユウキも、まだ胸を沿っている。
「ありがとうな」
頭を撫でる。
「んふふ」
私がすることに、この子は何にでも喜ぶ。
なぜ最初からそんなに好感を持たれているのか、
自分でもよく分からない。
以前どこかで会っただろうか。
会いたかったと言っていたし、
きっとそうなのだろう。
「あれなに?」
ユウキは指をさして言った。
「あれは看板さ」
「なんてかいてあるの?」
「粉挽き小屋って書いてあるんだ」
「ふーん…じゃああれは?」
「あれは…」
何度か似たやり取りを繰り返す。
どうやらこの国の文字は読めないらしい。
だが今となっては、
素性の妙などどうでもよくなっていた。
やがて家に着く。
「ただいま」
「おかえり」
このやり取りも、まだグッとくるものがある。
いっそ大人になるまで養うか?。
流石に親御さんが可哀想なので、
それはやめておこう。
今日の業務は完了した。
後は飯を食って寝るだけだ。
その前にまず鎧の汚れを取るところからだ。
留め具を外し、兜を脱ぐ。
「…え?」
「思ったんだが」
「何です?」
「そのシルファンってのは、男?女?」
「…大島大五郎の名付けの傾向的に、
女だという説が主流です」
「なるほど」
「ところでアデーラさん」
「grow!」
「狼に追いかけられながら
する質問がそれですか!?」
「申し訳ない!」
「はわわ…」
ユウキはまるで、
詐欺にでもあっていたかのような顔をしている。
「どうした?金髪が珍しいか?」
「お、おんなの…ひと…」
ああ。
そういう事か。
「最初に説明しなかった私が悪いな、うん」
元から低い声が、兜のせいで更にくぐもる。
日々の鍛錬で、体格は男と遜色ない。
そのせいで、
今までに幾度となく同じことが起きた。
勝手に期待されては裏切ったと罵られ、
警告されては胸を撫で下ろされる。
いつもと同じことが起きただけだ。
なのに何故か、いつもより悲しく感じてしまう。
相手が純粋な少年だからだろうか。
「…」
もはや何の言葉も出ず、ただ鎧を脱ぐ。
「…」
ユウキもこちらを見て、だが何も言わない。
「あの…」
のかと勝手に思っていた。
「そのかみ、ふわふわだね!」
予想外の、賞賛?。
鎧の中に収められて癖がついてしまった
髪についての、率直な感想。
嬉しそうに言っているのだから、
褒めているつもりなのだろう。
「…私が女であることが、残念じゃないのか?」
「…?なんで?かんけいないよ、
シルファンはシルファンだもん」
「…」
かつて。
鍛錬と成長によって体格が変わっても、
同じように言ってくれた人間は一人しかいなかった。
その人の居ない世界に、
安らぎはないと思っていた。
そんなことはないと、この少年は言ってくれた。
ユウキは私の手を自らの頭に載せる。
「…ありがとう」
頭を撫でる。
「んふふ」
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