第10話 児戯とカレーライス


夕刻。

帰る気など起きず、

人をダメにしてしまう長椅子に座りながら、

ユウキと児戯をする。


「パンはパンでも、

たべられないパンはなーんだ?」

「えー何だろうなー」

「わかんなーい?」

「パンデモニウム!」

「ぶっぶー正解はフライパンでーす!」

「あちゃー平鍋かー」


パンデモニウムも

いい線行っていると思ったんだが。


「次のなぞなぞねー」

「おー」


戯れている内に、あることに気づく。

香辛料のような香りが、先程から匂う。

それは時間を増す毎に鼻をくすぐってくる。


「いいにおいだね」

「ああ」


しきりに嗅いでいるのを察してか、

ユウキは言った。

児戯の邪魔になるだろうと、以降気をつける。

耳をすませば、

隣の部屋から何か物音が聞こえてくる。

何かが沸騰しているような音と、

金属が緩くぶつかる音。

十中八九、料理だろう。


「下は大火事、上は洪水、これなーに?」

「んー」

「さすがにわかるでしょー?」

「金に溺れて家系は火の車!」

「???ぶっぶーせいかいはおふろー!」

「あー」

「ゆうきくんおふろきらーい」

「あるのかい?この家に風呂」

「あるよー」


こっちの世界の方がよっぽど物語じみている。

わざわざあんな過酷な世界を

創造する必要なんてあるのか?。


「ご飯できたよー!」

「わーい!」


ユウキは隣の部屋へ駆けていった。

扉が開くと同時に、先程の芳香がより強くなる。

ご相伴に預かっていいものかと悩みながら、

扉を開ける。

その部屋は、台所らしき場所と繋がっている、

食事専用の部屋らしかった。

ありがたいことに、皿が三つあった。

料理は麦のような白い穀物に、

野菜が混じった茶色い液体が

かかっているものだ。

ユウキはメグミの隣に座り、

私はその対面に座る。

メグミは私が席を座ったのを確認すると、

両手を合わせた。


「いただきます」

「いただきます」

「い、いただきます」


ユウキも以前やっていた、食前の儀礼。

何か宗教的な意図があるのだろうか。

目の前の料理を見つめる。

発想はオートミールに近そうだが、

こちらの方が食べごたえがありそうだ。

匙を持ち、穀物を一掬いし口に運ぶ。

見た目通り柔らかく、甘みのある味わいだ。

次に茶色い液体。

香辛料の香りとは裏腹に、

舌触りのいい甘みが口の中に広がる。

そして具材から溶けだしたのだろう

様々な味わいと、 牛肉の肉汁が

高位複合魔法のように襲ってくる。

正直言って絶品だ。

対面の二人を見てみると、

匙の中に穀物と液体を均等に掬っている。

同じ皿に入っているのだから、

それをしてもいいだろう。

だが、本当にしてもいいのか?。

そんなことをすれば、

犯罪的な美味さを味わうことができるだろう。

してしまった瞬間、

憲兵に突き出されるんじゃないか?。

罠かもしれない。

ああ、だというのに匙を境界線に潜り込ませ、

口に運ばずにはいられなかった。


『パクッ』


う…まい。

美味い。

これを味わっていいのなら、

何度だって出頭していい。

それくらい美味い。

王宮の無駄に手の込んだ料理よりも、

大麦のパンよりも。

気がつけば既に半分程無くなっていた。

誰かが盗んだのか?。

明らかに、自分が夢中で食べた結果だ。


「美味しいですか?カレー」

「あ、ああ」


突然の事で、素っ気なく返事をしてしまった。

本当なら宙返りしながら

礼をしたいくらいなのに。

全てのカレーとその作り手に感謝。

二人の方を見ると、

メグミがユウキを世話しながら食べている。

匙の持ち方を矯正したり、口を拭いたり。

親子のようだった。

ここでユウキの両親について訊くのは、

野暮なことだろう。

そう考えていた間にも匙は進んでおり、

下を見れば皿からカレーが消えていた。

本当に誰かが盗んでいないと、

納得ができない早さだった。


「おかわり」

「え?」

「おかわり、ありますよ」


女神─────。


「ゆうきくんもおかわり!」

「あらあら元気いっぱい」


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