第9話 はよにしさむらい
口が疲れた。
粗方の弁を弄して、
私の言葉が尽きたところで
集まりはお開きとなった。
そして今は、
最早何の材質かも分からない柔らかい長椅子に、
うつ伏せで寝転んでいる。
死のう。
ユウキは送り届けた。
当初の目標に帰るだけだ。
死にたい。
どこで死のうか。
自分は不死ではなくとも、
それなりの修羅場をくぐり抜けたせいで、
人並み以上の頑強さがある。
簡単には死ねないだろう。
この世界の建築技術なら、
死ねる高さも望めるだろう。
魔法が使えれば『虫の皇』で跳躍した後
自由落下すれば簡単なのだが…。
そんな取り留めのないことを考えていると、
突然頭を櫛のような何かが撫でた。
「おつかれ」
ユウキの手だった。
櫛のように小さな手だった。
最後に、この子だけでも救えてよかった。
そして確かに、疲れた。
一眠りしよう。
警察には家の倉庫で寝ていたと説明しておいた。
勇気が無事でいてくれて何よりだ。
勇気の言葉が正しければ、
あのアデーラという女は恩人に当たる。
長身で痩せていて、
何かの栄養が不足していそうな疲れた顔付き。
そして若干紫がかった長髪は、
あの本と同じ魔女を想起させる。
ソファーで寝ていることと、
勇気に撫でられていることは不問にしておこう。
それはさておき、あの本だ。
あの本とアデーラと勇気の話にあった
不思議な世界、
そして地下室の機械には何かしらの
関連性があることに間違いはないだろう。
二度と勇気が話のような目に遭わないよう、
地下室と本は封印しておく。
まず地下室の鍵を探す。
遺品整理中に誰かが
開かずの地下室を開けたのだろうから、
手っ取り早いところに鍵を置いているはず。
そう当たりをつけて探してみたが、
全く見つからない。
地下室に行ってみる。
やはりここは寒く、暗い。
スマホのライトで照らしていても、不安が残る。
異界の扉という妄想もできなくもない。
考えてみれば、おかしな事ばかりだ。
勇気の話も、この地下室も、あの本も、
アデーラの存在も。
しかし実際に見た本の怪異から、
アデーラ、地下室と順序よく出されたせいで、
信じてしまっている。
アデーラから先に見ていたら、
間違いなく警察に突き出していた。
そんなことを考えているうち、階段が終わる。
この地下室にはやはり、
奇妙な機械が鎮座している。
何かを読み取れるような計器もなければ、
スイッチやレバーもない。
だがしかし複雑な幾何学構造は、
これを機械だと訴えてくる。
本の続きが途切れた後何十回と訪れたが、
そういえばこの機械をまじまじと
見ることはなかった。
「!」
驚くほどすんなりと、
鍵穴らしき場所に刺さった鍵を見つけた。
多角形の中に円があったので、際立っていた。
タグには地下室と書いてある。
手をかけ、抜く。
『ボシューー』
「!?」
鍵を引き抜いた途端、空気音と白煙が広がる。
不味いことに…なったか?。
鍵を刺せる構造のものから鍵を引き抜くのは、
何も悪いことでは無いはずだ。
一昔前のパソコンも
起動したら独特の異音がなる。
そういうものだと自分に言い聞かせて、
地下室から脱出する。
鍵を閉めて棚の上の灰色の本を取り、
2階へと赴く。
階段を連続で上がったため少し息が上がる。
到着したのは、大島大五郎の私室。
目的は金庫。
誰の目や手に触れないよう、厳重に保管する。
これで安心して勇気と暮らせる。
「はよにしさむらい!」
「何だい?その呪文」
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