第2話 同居人ヘレーネ・ルイス・クリスタル

◆2020年7月10日(土)午前 東京


「ヘレーネなのか?」

「むぅー。あ、おはよう。凪佐」


 凪佐は大学二年生。絶賛東京一人暮らし中。起きたヘレーネはなんと全裸だった。


「おい! 服は?」

「ないよ」

「なんで?」

「だってずっと裸だよ」

「とりあえずこれ着ろ」


 凪佐は洋服ダンスから大きめの半袖のシャツとズボンを取り出して、すぐにヘレーネに渡した。ヘレーネは「ありがとう」と言って服を受け取ると、そのまま着始めた。


「今日からよろしくね」

「ああ、よろしく。だがその前に一つ聞きたい。お前は何だ?」

「始まりの少女だよ」

「それだと分からないんだよなぁ。なら、ルイス教って知ってるか?」

「ええ、知ってるわ。私を信仰する宗教でしょ?」

「やっぱりそうなのか」


 凪佐は思案した。だが考えても答えは見つからない。結局諦めることにした。


「もうこの際どうでもいいか。よろしくさん、始まりの少女さん」

「ええ、よろしく」


 今日は土曜日だった。大学は休みである。


「とりあえず朝ごはん作るか、待ってて」


 凪佐は朝ごはんの準備を始めた。ヘレーネは凪佐の部屋を見回す。


「ねぇ、凪佐。これ凪佐が描いたの?」


 ヘレーネは壁に飾られていた一枚の絵を指さして凪佐に尋ねた。その絵は澄んだ瞳をした一人の少女の絵だった。


「そうだよ」

「素敵ね」

「どうも。ほら、出来たぞ」


 茶碗が二人分ないので、大きめの皿にご飯と目玉焼き、ベーコンを乗せてヘレーネに渡す。


「箸使えるか?」

「使い方は知ってるけど、使ったことは無いわ。二つの木の棒で料理を取るんだよね」

「ならスプーンとフォークにするか? 正直箸は一膳しかないからそっちの方が助かる」

「ええ、それでいいわ」


 ヘレーネと凪佐はご飯を食べ始める。目玉焼きとベーコンというシンプルな料理だったが、二人は美味しく平らげた。


「ねぇ、ヘレーネ。君はどうしてここにいるの?」

「それは何故人は存在するかっていう問?」

「いいや、そんな哲学的な話じゃなくて。なんて言うか、夢の世界で見た君が今ここにいるのがどういう物理法則によって起きたのか気になってさ」

「そんなの簡単よ。凪佐が私を目覚めのキスで覚醒させた。だからよ」


 凪佐はキスのことを思い返した。


「そうか。で、君はこの世界に何をしに来たの?」

「恋よ」

「え?」


 凪佐は戸惑い聞き返す。


「私は恋をするために来たわ」

「誰と?」

「あなた以外にいるかしら?」

「まじですか」

「まじですよ」


 凪佐は彼女いない歴イコール年齢の少年だったが、ヘレーネと恋をすることになった。これは全知少女と平凡な一人の少年の恋の物語である。


 ◆2020年7月10日(土)午後


「ねぇ、凪佐。外行こ。散歩でもしようよ」

「この暑い中外に出るのか?」

「ええ」

「まぁ、ヘレーネの服を買わなきゃだから、行くか」


 凪佐とヘレーネは外に出た。初夏の日差しが祝福するように二人を照らす。


「暑いわね」

「そうだな。仕方ない、行くか」


 凪佐は東京の街をヘレーネと共に歩く。駅ビルに服屋がある。凪佐はそこに向かっているのだ。


「私の服買ってくれるのね」

「当たり前だ。僕の服だとぶかぶかだろ?」


 ヘレーネは今着ている凪佐の服を見る。


「別にこれでも良さそうだけどね」

「そうか? でも、この際、女物の服は買っておこう」


 駅ビルに着くとヘレーネは言った。


「なにこの城!」

「城じゃなくてデパートだよ」

「初めて来る! 行こ行こ!」


 ヘレーネは純真爛漫に微笑んで、凪佐の手を取り歩き出した。


「ちょっと、ヘレーネ」

「何かしら」

「人前で手を繋ぐのは恥ずかしいよ」

「あら、そうかしら。私は気にしませんよ」

「僕が気にするんだ」

「いいじゃない。行くわよ!」


 ヘレーネは駆け出す。つられて凪佐は仕方なくヘレーネの後をついて行く。服屋に入るとヘレーネは興味津々と言った様子で服を見回した。


「こんなに服があるなんて、すごい!」

「君、いつの時代の人?」

「だって、ずっと虚空の間に囚われてたもの」

「虚空の間って?」

「凪佐が夢で来た場所よ。それより、この服可愛くない?」

「話をそらすな。まぁ、可愛いんじゃないか?」

「ありがとう! これ欲しいわ」


 二人の買い物は続いていく。


 ◆2020年7月10日岩佐山神社会議


 岩佐山神社に世界中から知識階級の権力者たちが集められた。高貴そうな人々は本殿に置かれた円卓に座る。


「おい、岩佐! お前の預言は本当なのか?」


 一人の男が語気を強めて岩佐という神主を問いただす。


「あぁ、神がお隠れになった」

「神? 八百万の神じゃないのか」

「神は複数いますが、今回隠れられたのは主神とも呼ぶべき存在。世界神ですね」

「それで世界が滅ぶと?」

「ええ、私の見立てでは、あと半年で世界は終わります」


 一同が驚きを隠せないように背筋を伸ばした。


「一刻も早くその神を見つけなければ」

「そうですね。その神の名前はなんなのですか?」

「全知神玖麗守多琉クリスタル様だ」




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全知少女は恋したい 空色凪 @Arkasha

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