生の舞踏
八瀬女
第1話
「ああ、生を受けることのなんたる喜びだろう。この胎児の身体は、私の欲を詰めるには小さすぎる。ここは確かに楽園と言えるが、無欲であることを強いられる。地上の声は聞こえないが、彼等が楽しそうに踊っていることを今までは見つめるだけだった。だがこれからは違う。あと1分で私は自らのへその緒を持ち、母の肉体から出てくる。これほど楽しみなことはこれから先、何回あるだろうか」
体が引っ張られ、地上へ吸い込まれる。途中つい先ほど死んだであろう物に会った。
「君、これから地上へ行くのか。可哀想に。地上の人間は皆生に疲れている。生きている限り恐ろしい死からは逃れられず、今や死は人々の隣で生活している」
「嘘を言うな。地上の人々は踊っていたじゃないか」
「あれは流行病に罹ったものが、あまりの痛みにのたうちまわり、それが踊りに見えるだけだ」
なんてことだ。この話を聞いて戻ろうとしたが無駄だった。既に母親の身体から出てきてしまい、彼との話も中断された。
産まれて15年が経った。この世は地獄だ。人々は死と踊り、生を謳歌するものは一人も居ない。皆ウジに食われるために生まれてきたと言っても過言ではない。こんな世界ではまともな人も産まれない。欲望に塗れ、あの世では役に立たない金の話ばかりで、聖職者など名ばかりだ。産まれる前は自由に欲を持ち、したいことが自由にできる人生を夢見ていたが、そんなものは幻想だった。
「おい、そこで何してるんだよ」
私のただ一人の友人が話しかけてきた。
「なにも。ただ寝転がってるだけだよ」
「そうか」
しばらくの沈黙のあと、私は聞いた。
「将来私たちは何しているんだろうな」
「さあな、俺は自分が死んでいる姿しか想像できないよ。でも少しでもこの世界を良くしてから、神のもとに行きたい。そこで神に認められて死んだ意味が生まれるんだ」
「高尚な考えだな。だけど、いいと思うよ。君ならなれる」
粗野っぽいところもあるが、純真無垢な彼ならなれると心の底から私は思った。
「私はなんだろうな。何も浮かばないけど、最後は綺麗な景色を見るために旅に出て、そこで静かに眠りたい」
「それも良いな。この終わった世界で最後に綺麗なものを見ながら死ねることは、きっと人生で最初で最後の幸せだろ」
「でも本当は、こんな他愛もない会話をずっとしていたいんだよ、私は」
その後少しして、私の唯一で誰よりも大切な友人は死んだ。
生の舞踏 八瀬女 @gga
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