幼馴染の少女に触れたくても触れられない私は代わりに彼女を求めた……キスをしたのもそんな目で私を見上げるあんたのせいなんだよ

tataku

プロローグ いつかの未来

第0話

 ここは高校の保健室。


 大丈夫。ちゃんと鍵はかけてある。


 白いカーテンで仕切られたこの狭い空間は――藤宮と私だけの世界。


 他には、誰もいない。


 ベットから上体を起こし、藤宮は私を見つめている。


 彼女の息遣いが聞こえた。


 あともう少しで、唇に触れてしまいそうだ。


「私は――あなたのことなんか、大嫌いだから」


 顔を真っ赤にさせながら――吐く彼女の言葉に、私はつい、笑ってしまう。


 彼女との付き合いも長い。


 まだほんの小さい頃から、私は彼女をよく知っている。


 付き合いの長さだけでいえば、深雪と同じように幼馴染と呼べる存在なのかもしれない。


 でも昔は、よくいがみ合っていた。


 正直、仲が良かったとはいえない。


 あの頃の私は、こんな風に藤宮と顔を見合わすことになるとは、夢にも思わなかっただろう。


 それにしても、心臓の音がうるさい。


 我慢ができないぐらいに。


 あぁもう、さっさと静まれ。


 それもこれも、顔面が美しすぎるこいつのせいだ。


 童顔でありながらも、雰囲気のせいか大人びて見える。


 肩まで伸びたきれいな黒髪。後ろに少し大きめな黒いリボン。

 

 正直、最近まですっかり忘れていたけど、このリボン――私が昔プレゼントした奴だ。


 ぱっちりと大きなつり目はアーモンド形で、猫のよう。


 上目遣いで私を見つめる彼女は、押し倒されても文句は言えない。


 だってこの目は、人を誘惑する。


「な、なにを笑っているのよ」


 藤宮の声が、震えて聞こえた。


 私は、彼女の手に触れる。

 

 藤宮は体をぴくっとさせたが、逃げる気配はない。


「だって、藤宮は嘘ばっかりだからね」

「……そんなこと、ないから」

「目、閉じて」

「な、なんでよ」

「いいから、早くして。誰か来るかもしれない」


 目線が泳いだ後、藤宮は諦めたように目を閉じた。


 一瞬、深雪の顔が思い浮かぶ――だけど、それはすぐに消えた。


 大丈夫。きっともう――私は、大丈夫なはずだ。


 「好きだよ、藤宮」

 「……こんな時ぐらい、名前で呼びなさいよ」


 まぁ、確かに。


 「……馬鹿」


 いつもの言葉。


 少しだけ、落ち着いた気持ちになる。


 「――好きだよ、千歳」


 私は――彼女に、キスをした。


 藤宮は私の手を強く握り返してくる。


 多分、これだけではもう――収まりそうにない。


 彼女の唇を味わいながら――私は過去に遡っていく。

 

 こんな未来になるなんて、数ヶ月前までの私は想像もしていなかっただろう。


 それが良かったか悪かったかなんて、きっと、誰にも分からない。


 そう、分かるはずがないんだ。

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