第3話 芳昭、女性の美しさに目覚める
というわけで、しかたなく僕はカールを胸ポケットに入れて外に出かけた。
家の辺りはただの住宅街ということもありそれほど人はいなかったが、繁華街に近づくとそれなりに歩いている人を見かけるようになる。
「へえ、人間はこうやって生活してんだな。いろいろあって面白そうだ」
カールは物珍しそうにキョロキョロ見回している。
「くんくん、なんか仲間の臭いがする」
「え? ああ、もう少し行ったらペットショップがあるから。でもまだかなりあるけどよくわかるね」
「ハムスターの嗅覚をなめるなよ」
「そうか、せっかくだから行ってみるかい?」
これまでたった一匹で過ごさせてきたお詫びでもないけど、仲間に合わせてあげたいと思った。
◇◇◇
「うお、かなり臭いがきついな」
「え、そう?」
いろいろな動物がいるし、人間の四〇倍の嗅覚をもつというハムスターには強烈なのかもしれない。
「すげえ! こんな生き物がいるのか!」
まるで動物園に初めて来たかのようにカールははしゃいでいた。
「この猫かわいいね」
アメリカンショートヘアの仔猫はとても愛らしかった。
「そ、そうなのか。俺様はなぜかわからないが恐怖を感じてやまねぇんだ」
カールはそう言って顔を両手で覆って震えた。
どうやらネズミがネコに襲われるというのは本能に刻まれた恐怖のようだ。
「ほら、ここがハムスターの展示場所だよ」
「おおお、こんなにも仲間がいるじゃねぇか」
カールは喜んで胸ポケットから飛び出した。そして、ケージに向かうと網越しに中のハムスターと臭いを嗅ぎ合うような仕草を始めた。
こんなの店員や他の客に見つかったら怒られちゃうかもしれない。でも、カールだって仲間と会ってみたかっただろう。誰にも気づかれていないのをいいことに僕はそのまま彼らのやりとりを観察することにした。
すると、カールは簡単にケージの扉を開けると中に入ってしまった。
「ダメだよ」
僕は小さな声でカールを制止した。だけど彼は聞こえてないのか止まらなかった。
そしていきなり交尾を始めた。
僕は絶叫しそうになったのを必死に押しとどめた。
あわててケージからカールを引っ張り出す。
「お客様、どうかされましたか?」
「なななななな、なでもありません!」
なんとかごまかす。
「何やってんだよ、カール! 大事な商品を傷物にしちゃって!」
「人生は一期一会。出会いは大事にしないとな。娼館の管理人じゃあるまいしうるせぇこと言うなよ」
「なんでハムスターが娼館とか知ってるんだよ!」
カールはちっとも悪いことをしたとは思っていないようだ。
「ところで芳昭よ。ここにはたくさんのメスの人間がいるがお前から見てどれが美人なんだ?」
ペットショップは割合的に女性客の方が多い傾向にあるようだ。幼女から老婆まで幅広い年齢層の女性がいる。
「それがさ、僕、透子のことしか気にしたことないから他の女の子に関心もったことないんだよ。だから、美人ってよくわからないんだ」
「なんだと? 美感は人それぞれと言うらしいが、お前は透子しか美人に見えないのか。それは困ったな」
「なんで?」
「集めるべきパンティは美人のものだと決まっているが、それは集めた本人が美人だと思っていなければ効果がないんだ。そして五枚のパンティはすべて別人のものでなければならない。つまり、お前は五人くらいは美人だと認めることができないといけないということだ」
「そうか」
だったら、パンツを集めても意味がないってことだ。
僕は透子さえ美人だと思えたならそれでいい。
なによりパンツを盗んだりしなくてもいいというのは心が軽くなった。
「僕は透子一筋だから、他の女の子になんか興味ないんだよ」
僕は自慢げにカールに言った。
「そうか」
抑揚のない答えが返ってきたかと思うと、カールの目が光った。
「きゃ!」
通りがかった女性のスカートがなぜかめくれあがってパンツが丸見えになった。
「なんだ、顔は透子が好きでも、メスのケツは大好きなんじゃねぇか」
「え?」
気が付くと僕はパンツをガン見して、よだれを垂らしていた。
「お前もただのオスだな」
「な、なんて失礼な! さては、今のはカールの仕業か」
「まあな。いいものが見れただろ」
否定はできない。
「お前もメス好きのオスだってことさ。その気になればいろんなメスが美人に見えてくるはずだぜ」
「そ、そんな。やめてくれよ。僕は透子だけ美人に見えればそれでいいんだ……う!」
た、確かにあそこで犬を見ている女性客ってなかなかの美人に見える。
あれ、あの店員さんもかなりの美人じゃないか?
うお、むこうの親子はどっちもすごい上玉だ!
「うぎゃああああああああ!!」
「お客様、どうされましたか?」
突然叫んでしまった僕に、店員さんが駆け寄る。
「う!」
うひょー、この店員さん、すげー美人!
は! いけない、いけないよ! 僕は透子一筋なんだからほかの女の人に目を向けちゃいけないんだ!!
「大丈夫ですか?」
おや、この人、胸もけっこうでかいぞ。
――は!
「うぎゃあああああああああ!!」
僕はいたたまれなくなって逃げだした。
◇◇◇
「うううう……僕はなんてふしだらな人間なんだ」
僕は川のほとりで体育座りになって嘆いた。
「なに、普通のオスならあんなもんだろ」
「いろんな人が美人に見えちゃうなんて。こんな僕、透子は嫌いになるんだ」
「そうか? 目移りして仕方ないメスばっかりの中からたった一人選ばれたと思えばむしろ喜ぶだろ」
「そんなわけないだろ」
励ましてくれてるんだろうけど、想像以上に自分が不貞であることがショックすぎた。
そんな感じでうじうじしていると、視界の外から何か黒いものが飛んできたことに気づいた。
ごっ!
頭に何かの衝撃があり、意識が遠のいた。
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