Q1.商店街の清掃

 由緒正しい篠崎しのさき家の前で怒号を響かすのは、篠崎家の次女で高校二年生になる篠崎風音かざねであった。


「前からいうように、私はあんたのことなんか認めない。もう二年になるかもしんないけど、あんたは家族じゃなくて居候。もう一度いうわ、、よっ!」


 柔道と剣道で鍛えたその声の張りは、周囲に住宅があれば誰もが卒倒して出てくるであろう。だが、由緒正しい篠崎家は町から少し離れた小高い丘にあり、周囲は雑木林に囲われた僻地。

 それに対し、怒りの矛先である横山慶太よこやまけいたは反比例するように冷ややかであった。


「ひどい言いがかりじゃないか? ただ洗濯物を干しただけだろう」

「それが余計なお世話なのよっ! いい? うちには家政婦の日野さんがいるんだからその人に任せなさいよ! 女子の洗濯物を触ろうなんて、デリカシーの"デ"もなさすぎるわっ!!」

「下着は日野さんに任せてある。俺はシャツとかスカートといった上着をやってるだけだ」

「そういう発言がデリカシーがないって言ってんのよっ!」


 先にいうが、篠崎風音は決して乱暴な少女ではない。純一無雑じゅんいつむざつであり、己の信念を決して曲げない強い女性なのだ。兎にも角にも正義を貫きとおし、卑劣や堕落など言語道断。自分を律し、つねに上に上へと邁進まいしんするのがモットーなのだ。

 常に背筋を伸ばし、大きな胸がさらに大きく見えるくらい張ったその姿に、太陽だって根負けしてしまうかもしれない、慶太は思う。


「悪かった。だが、ひとつだけ言わせてくれ。俺は居候じゃなくて家族だ」

「……義理の、ね。……ま、なんだかんだいってあんたは家事やら雑務やらこなしてくれてるから、そこはひと目おくけどね」


 褒めてるのか皮肉をいってるのか判断できないが、慶太はひとまず「どうも」と返事をした。

 風音の背後でツバメが低く飛んでいく様を一瞥したあと、慶太は気になっていたことを口にした。


「……それにしても、今日は日曜日だというのに制服でどこにいくんだ?」


 問われた途端、キリッとした表情に切り替わる。校務を執行してるときの生徒会長・篠崎風音の顔つきだ。


「今日はね、生徒会で商店街の清掃に行くのよ」

「清掃?」

「ええ、そうよ。先生からの頼まれごとでね。なんでも、風波かざなみ商店街の人たちの地域活動の一環でね、うちの学校が地域と交流しているところを町内広報に載せたいんですって」

「なるほど」と慶太は頷いた。


 ここで補足をいれるが、風音は青海学園の生徒会長であり、その手腕は誰もが認めるものであった。有言実行、精励恪勤せいれいかっきん。彼女が決めたことは、すべて実行され、改善されていく。

 しいて言えば、リーダーとしての教養が多くあるのだ。

 校則や規律を話すときは胸を張って理路整然と述べ、飾りのない言葉で明確に伝える。それはかつて、自身の姉が品行方正に勤めた生徒会長に劣らぬ雄姿を見せつけるのであった。

 くわえて弱きを助け、強気を挫くその豪胆な性格さも支持を受けた。本人の性格でどうしても男子に対しては強く出てしまうが、


 また、生徒たちから支持されているのは風音の姿勢だけではない。その容姿も皆から羨望の眼差しを向けられている。同年代の女学生よりも大きな乳房に、スラリと引き締まったボディライン。凛々しい目つきに、整った顔立ち。神は二物を与えずというが、篠崎家に関しては目を瞑ったよう。

 おかげで、風音に向けられる視線は男女様々。恋心であったり、憧憬であったり、羨望であったり、慄きであったり。生ける偶像崇拝であるのだ。


「私たち青海学園生徒会がしっかりしないと、生徒たちの模範にならなし、学校そのものが低く見られる。ウチの学校はマンモス校とはいえど、県内ではかなりの有名校なんですから」

「それはご苦労なことで」


 慶太は他人行儀にいった。当然である。横山慶太は生徒会はおろか、部活動などにも所属していないノマドなのだから。すると風音は不機嫌にそうに眉根をひそめ、挑発的な口調でいう。


「あら? なに自分は関係ないっていう顔をしてるのかしら? あんたは生徒会じゃないかもしれないけど、ウチの居候なんだから、私の仕事も手伝ってよね。それともなあに? 女の子に重労働をやらせるつもり? 日本男児は女の子に優しい生き物なのよ?」


 要は手伝え、というのだ。慶太はここぞばかりにうんざりとした態度を示した。


「……日本男児かもしれないが、俺は日本で産まれたわけじゃない。あと、居候じゃあなくて養子だ」

「それなら、私の方が誕生日早いんだからお姉ちゃんね。姉のいうことはちゃんと聞くものよ」 


 フフン、と勝ち誇った表情を作る風音。不毛な議論であったと慶太は後悔した。

 思えば、制服で出かける時点でおかしいとは思った。清掃をするのならば、体操着に着替えるはずなのだから。

 だが、慶太は別にそれで風音を恨んだりはしない。風音はおそらく、清掃作業に参加せず、地域の人間とのコミュニケーションをしなければいけないのだ。つまり、風音は重役として立ち回り、自分は平社員として労働せねばなるまい。


「集合時間までまだあるから、すぐにジャージに着替えなさいよ」


 見上げれば燦々とした太陽が容赦なく光線を降り注がせている。真上には微かに線状雲が残ってる。先ほど飛んでいたツバメはまだ周囲を飛び回っていた。

 ここで慶太は顎に指を当て、少し思案したあとにこう口を開いた。


「風音、今日の商店街の清掃は来週にした方がいいかもしれない」



 Q.どうして清掃を来週にしなければいけないのでしょうか?

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