08第八幕『兵団は砂塵の向こう側に蜃気楼を見たか』

「おい、そこの。ちょっと話があるんだが」


 歩み寄って来た男の胴間声どうまごえが響く。既に手遅れだ。ここで逃げ隠れしたら、同宿の親子に迷惑が及ぶに違いない。パドゥメも呼び掛けられて初めて二人の存在に気付いたようだ。


「ああん、何ぞ?」


 無愛想な対応をしている場合ではない。魔道士二人組は人相書にんそうがきも出回る町のお尋ね者なのだ。


 精神魔法を発動して乗り切る手もあるだろうが、出店が並ぶ白昼の広場とあって通行人も多く、無用な騒ぎ、悪目立ちは極力避けたい。


「ひと目見れば直ぐに分かる。あんたら砂の民だね」


 唐突に現れた男は、サフィが纏っているマントを指差して、そう言った。お尋ね者の魔道士は全然関係がなかった。


「仰せの通りの南の地に住まう一族だが、何か問題でもありますか?」


 父親の口振りには強い警戒感が滲んでいた。町の住民にあらず、余所者の旅人。身形みなりも大きく異なり、全身を覆うマントは目立つ。


 加えて、男は珍しい旅の者と知って親し気に近寄って来たのではない。彼のすがめた目には怪しい光が宿っている。サフィはそれを見て、昨日争いの最中に子供が宿で攫われそうになった経緯を思い出した。


「親爺、こっちにも串焼きをくれ」


 同じテーブルに着いて居座る気らしい。マントを羽織る黒魔道士は、パドゥメがさっと身構えたのを見逃さなかった。


「俺も南からやって来たんだ。南方戦線で仕事を終えた後、砂漠を縦断して、この町に辿り着いた」


 依然として男の眼光は鋭いが、敵意は感じられなかった。父親も同じ印象を持ったのか、態度を改める。男の発言に驚いたようでもあった。


「砂漠を渡って来たですと? 随分と無茶をしますね。南の山間やまあいから真っ直ぐに北上したのなら、渡り切るのに四日も五日も、下手すればそれ以上要する。普通は遠回りでも街道を使うものでしょう」


「酔狂にも宝探しに手を染めちまったのさ。砂漠のど真ん中にあるという幻の黄金の湖。戦地で噂を聞き、俺たちは実在すると信じたんだ」


 この町の南には広大な乾燥地帯が広がるという。涅色くりいろマントの家族が住む場所だ。サフィは昨日上空を舞った際に荒れ地を横目に捉えた。緑の全くない無人の領域。それが砂漠だったのだ。


「湖は発見できたのですか?」


「答えずとも解るだろう。宝を手に入れていたら羽振りも良く、町で豪遊しているはずだ。けちな取り引きで揉めることもなかったさ」


「うむ、確かに。余計な問い掛けでしたね。それで吾等われら、砂の民に何の用向きがあるのですか?」


 再び父親は怪訝そうな面持ちで尋ねた。砂の民が遠出の道すがら、この町に立ち寄ることは珍しくもなく、特別な扱いは受けない。砂漠の暮らしに関してあれやこれやと質問攻めに遭った例はないという。


「砂の民は幻の湖に詳しく、正確な場所も知っていると聞いたんだ。もう兵団に余力はない。案内してくれなどとは言わないが、どうしても聞いておきたかった。幻の湖は、本当にあのはてしない砂漠の中にあるのかね?」 


「湖を見付けるなんて無理ジャ。ワテエも父母ちちははも、御婆おばばだって知らんのジャ」


 串焼きにがぶり付いていた子供が手を止め、吐き捨てるように言った。その隣で父親は、憐みの目で男を見詰める。


「幻の湖という異名に偽りはありません。宛もなく砂漠に立ち入って、発見することは難しい。不可能と言ってもよろしいですね。吾等は彷徨さまよえる湖と呼んでいます」


「南方の民も同じようなことを言って、思い留まるよう念を押したものさ。砂漠は危険で、不慣れな者が足を踏み入れる場所ではない、と何遍も注意された」


「正しい警告と思えます」


 男によると、兵団は忠告を無視して砂漠に分け入ったという。何度も転戦して勝ち抜いた正規の軍人だ。兵装も糧食も充実し、備えに不安はなかった。


 だが、蛮勇である。見知らぬ土地を侮った結果、最悪の事態に至ったと明かす。


「歩き始めてから三日目、化け物に襲われたんだ。デカい蚯蚓みみずのような怪物さ。砂の中から突然現れて、俺等の仲間を食い散らかした」


 化け物を倒す術はなかった。兵士は次々に食い千切られ、呑み込まれた。犠牲者は実に兵団の三分の一に達したという。悲劇だった。戦さ場でも滅多に起こらない惨劇だった。


 そして生き残った兵は無念の想いを抱きつつ砂漠を北上し、この町に命からがら辿り着いたという。

 

沙蟲いさごむしですね。人の力で敵う相手ではない」


 父親は砂漠に潜む化け物を知っていた。大きな蚯蚓という比喩に誤りはないようだ。砂の下深くを掘り進み、何かの拍子に姿を現す。

 

「ワテエも知ってるゾ。一家で地下に住んどるジャ」

 

「へえ、お嬢ちゃんは見たことがあるのか。よく襲われなかったものだ」


は砂の仲間ジャ」


 仲間とはどういう意味なのか……子供の言葉にサフィは少なからぬ興味を抱いた。


 前に一昼夜を要して砂漠を踏破した経験がある。その際、正体不明の奇妙な音を耳にした。人気ひとけない曠野こうやでは、摩訶不思議な現象に遭遇するものだ。


「蚯蚓って土の中でしてる長い蟲だろう。半分に千切れても動く不気味なやつだ。僕らは前に大蜈蚣おおむかでを退治したことがあるんだぜ。頭が牛よりもデカい。その強敵をこの小っこいのが一撃で成敗した。あれ、二撃だったかな」


 パドゥメがそこそこ古い武勇伝を披露した。巌窟の奥深くに巣食う大蜈蚣。その頭部は博物館に展示され、今も残っているはずだ。ちょっぴり懐かしい逸話である。


 活躍振りを紹介されてサフィは鼻高々だったが、兵士の連れの男は金髪娘を凝視し、小さいほうには見向きもしない。


 この男も巨乳好きの助平なのか。身綺麗で厳しい雰囲気から町の有力者と見られる。恐らく兵団の監視役。和睦が成立しても尚、兵士は勝手気儘かってきままに出歩けない模様だ。


「砂漠談義は兎も角、もしかして娘さんは……いや、聞くまでもない。完全に一致している」


 そう言って懐から取り出した人相書にんそうがきと見比べた。またもや話に夢中になって忘れほうけていたが、魔道士二人組は町のお尋ね者である。


「あ、やべ! 僕ら札付きだったんだ」


 パドゥメはすくっと立ち上がり、逃げる構えを見せた。起立する直前、串焼きを一本掴み取る。食い逃げ現行犯の罪が加重されることも辞さないようだ。


「そんな逃げる真似をせんでも良い。取って喰う訳でも、捕縛するのでもない。逆だ」


 サフィも慌てふためいたが、男は落ち着いて話を聞くよう冷静に諭した。咎人とがにんを探しているのではなく、その反対だと強調する。



❁❁❁🐀作者より❁❁❁

(前回のつゞきジャ)

謎のジャンボ串焼きを宿の受け付けで捨てた翌日、真夜中に室内で大きな物音がして目覚めました。侵入者かと思えるくらいの大きな音……


すわと飛び起き、音がする方向を見ると、ゴミ箱に鼠が首を突っ込み、茹でトウモロコシの芯に喰らい付いていたのです。しかも仔猫ではなく、成人😺サイズ。逃げ去る姿を見つつ、我が目を疑いました。


で、なぜか頭に浮かんだ串焼き。鼠肉と言われても塊が大きく、信じられない思いもあったけれど、出現した巨大鼠を見て合点したのです。


そんな旅の記憶を語っている場合ではなく、序盤の町パートは次で終わりジャ。

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