14-5
『驚くのも無理はない。おまえはイァハといったか。
我の体はどう見える。正直に答えて良い』
「し、失礼ながら、その外殻は濃縮された魔力がエーテル体となったもので」
『というと?』
「それは、我らが戦ってきた、魔獣の外殻と同じものです」
『ああ、その通りだ。
さすがサブーフの副官なだけあるな。どうした申してみよ』
「失礼ながら申し上げます。私たち騎士団に限らず、この聖都ラドミラルに住まうものたちは、あなた様が病に犯され臥せっていると信じてきました。
そしてそれが我らが王の病であるのは理解しました。ですが、どうして王はこの離宮におられるのですか」
『多少、説明が長くなるが。
ならば、そこにおるものも、近くに寄って聞いていくといい』
『ばれたようです』
『さっさと行かんか』
「うわっ、気がつかれてたのかよ。おい、黙れ。流石に王様の前はまずいだろう」
「さっさとひれ伏せ」
階段の暗がりから現れたのは、聖剣と魔剣を携えたフレキと、騎士団のサリューイであった。
その魔獣の外殻に犯された王は、興味深いと行った様子でかれらを見る。
『ふむ、本当にそなたらのような魔具が存在するとは。そなたらの名はなんという』
「王様の前で剣をむき出しにして殺されないか。大丈夫なのか?」
意外にももっとも頭を深く下げているのは、フレキだった。
『これはご丁寧に。人の王よ。
我が名は聖剣アーカーブ。そして、この薄汚いのが魔剣テネブラエです』
『おい、我にも名乗らせんか』
『そうか、アーカーブとテネブラエ。
ではそなたらが、水神イズラフマの遣わした眷属なのだな』
その予想外の名前に、聖剣は推し黙る。がしかし、魔剣がべらべらと話し始める。
『なんだ、人の王。あの水神を知っているのか。だが、間違っているぞ。我はあのようなものの眷属では断じてない。
まあ、このアーカーブはそうだろうがな』
『というと、そなたは?』
『我は、誇り高き魔族の魂を宿した魔剣テネブラエである』
そう名乗りをあげるが、平伏したフレキがなぞの意地で顔を上げないので、当然その魔剣も地面に転がったままである。
『おい、いい加減に我を起きあがらせろ。これでは魔族の威信に関わるだろう』
『それよりも、人の王よ。その姿について、わたしからいくつか問いたいのですが』
いい加減に我慢できなくなったのか、聖剣が本題を切り出す。
『わかった。レイテ、サリューイ、イァハ。こやつらの言動には、必要以上に気にかけずともよい。いま重要なのは、礼ではなく、利である。
はぁ、それとそこのフレキと言ったか。別に我はお前の王ではない。他国の王だ、好きに振る舞えばよい』
「寛容なところが逆に怖い」
彼も恐る恐る顔をあげる。
『まず、いまのあなたには実態がない』
『確かにそうだな。いや、気づいていたぞ』
「いや、どう見ても目の前にいるだろう」
『ああ、今の私はサブーフという男の魔術でこの離宮という限られた場所でのみ、そなたらと会話できるだけの影に過ぎない』
「騙された。おい、テネブラエも騙されてただろう」
『黙れ。お前と一緒にするな』
『しかし、姿見だとしても、その異形の姿は実態に紐付けられている。
そしてそれ本体は、呪いや魔術ではない。解決方法は分かりますが、原因を取り除かない限り、同じことの繰り返しでしょう。
体がそのようにエーテル体に侵される始めたのはいつですか?』
『そなたらが知っている方はわからぬが、旧都が闇に飲み込まれたあの災厄のすぐ後だ』
『何か前兆がありましたね』
『前兆と呼べるかはわからぬが、厄災の闇の中である夢を見た。覚えているのは美しい女神の後光と』
「げっ、もしかして」
『でしょうね。年齢を見るに、当時は10才ほど』
『またやつか。だが、これは』
『ええ、わたしたちへの指針として残したのかもしれません。もちろんただの趣味だという可能性もありますが』
「おい、なにをごちゃごちゃ言ってやがる」
『そうか、ではなにが原因なのだろう』
『それは、その術式はある種の対魔術障壁とも言えるものです』
「対魔術障壁?あ、いえ。すみません。ですが、魔術師の立場としては、それもあくまで魔術ではないかと」
『ふん、小僧はなにもしらんな』
「な。ではその対魔術障壁とはなんなんだ」
ムッとした表情で、イァハが訊く。
『この世に流れるのは魔力だけではない。お前ら人間も、僅かだが感じ取れるエネルギー。本来、地上に満ちているはずのそれを聖魔力と呼ぶ。
聖と魔力は本来ならば、相対するが、魔力と対を成すという意味では納得のいく名前だな』
『もとは、呼び名なんて必要なかったのです。魔力が生まれたせいで、呼び分けが必要になった。おっと、これ以上は余分ですね。
ともかく、その聖魔力のこもった術式は本来ならば人の王、貴方を魔から護るはずなのです。
しかし、その身には対魔術障壁に余るほどの術が降りかかっている。こんなことは異常です。もはやこの聖都中の人々の魔力があなたに降り注いでいるような』
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