10-3
塔が太陽を覆い隠した。
巨大さゆえに、その全体像を捉えることはできない。そのため塔へ目掛けて滑空する怪鳥にぶら下がった彼らからすれば、ほとんど平らな壁に向かっていくように感じられた。
「おおおおお」
風圧を受け、男の体は旗のようにゆらめいている。彼は一層、怪鳥の嘴に咥えられた魔剣テネブラエを強く握る。
ぐんと、その男の体が沈む。怪鳥が塔の壁面ぎりぎりで、唐突に急上昇したからである。左右に蛇行しながら、壁に沿って塔の最頂部に向かっていく。
内陸性気候であるラドミアの乾燥した風が、男の目に涙を溢れさせる。そして須臾ののち、ぼやけた彼の視界に太陽の強烈な光が射す。怪鳥はいつのまにか塔の頂上へと舞い上がっていた。
内臓が掴まれるような感覚とともに、男の上下感覚が失われる。
『────もはや我慢ならん』
風切音の中で魔剣の呟きが聞こえる。
『なにをするつもりですか』
『主人にその本当の姿を見せよ、
もはや激しい上昇によって魔剣と聖剣を繋ぐだけのストラップと化した男の、腰布に覆われた下腹部からドス黒い光が漏れる。
そして、股の付け根がゆっくりと盛り上がっていく。
『これは使い魔の形態変化、魔蛆の卵が。て、ちょっと、どこで孵化させてるんですか!!』
『それは我のせいではない、どこに入れておるのだ!!』
「おおおおおお。うわっ。え、なんだ!?あああああああ」
恍惚な表情で苦悶する男の腰巻きの中から這いずり出てくるのは、魔剣の使い魔が一匹、軟体多足、触手を備えた高級魔族であるオブスキュラシオである。
その悍ましい魔族の従者は、主人の命に従い、男の股間から、怪鳥の頭部めがけて飛びついた。
怪鳥は唐突に視界が奪われたことで、混乱しつつも、その頭にへばり付いたそれを振り落とそうともがきながら、塔の頂上にゆっくりと降下した。
『これは』
そこには風化した塔の内部と違い、青い木々、湖と小川、そして一面に白い花畑が広がっている。
その美しさは、人の手によって整理された庭園を思わせた。
「せいっ」
男は怪鳥がオブスキュラシオに気を取られた隙に、魔剣を捉えたその嘴に聖剣を叩きつけた。
怪鳥は低い悲鳴をあげて魔剣から口を離した。
そのため三者は、その白い花畑の中に転がり落ちる。
『よし。おい、戻ってこいオブスキュラシオ!!』
散々に邪魔をされた怪鳥は、最も手近にいるその顔にへばりついた触手の塊に、いままでの鬱憤をぶつける。
自らの頭ごと木の幹にそれを叩きつける。
『や、やめろ。まだ孵ったばかりなんだ。おい、お前たち我が従者を助けるのだ』
しかし、怪鳥はそんな悲痛な叫びを気にも止めずに、木に叩きつけられ頭から剥がれた魔剣の従者を嘴でつまんで振り回し始めた。
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