ゆるブレイザー

先仲ルイ

【30】新教官、ヴァンキッシュ!

 政府特務隊中央作戦群。

 部隊員は皆が選りすぐりの精鋭。

 本来ならばドミネートが指導を担当し部隊を率いるのだが……。


「ドミさんが、熱!?」


 その知らせを聞いて皆が驚くのである。

 あの人……体調とか崩すんだ……。

 ───そして、殲滅局より内密に訪れた臨時教官……。ドミネートのいない間指導を担当するのが……。


「我はヴァンキッシュだ。よろしく頼む」


 ヴァ……?これまたクセの強いのがやってきた。隊員たちは彼の派手な外見を無言で眺める。


「君たちを鍛え上げろとの指令だ。今から我が用意した特別メニューに励んでもらう」


 ヴァンキッシュが用意したトレーニングマニュアルは脅威の分厚さを誇り、隊員達一人一人の手元に渡る。書籍というより鈍器といった趣きだ。

 しかし流石はドミネートの従える精鋭達。パラパラと凄い勢いでページを捲り、あっという間に頭に入れてしまう。……が。


 全員の顔つきがあまり晴れない。これはどういったことだろう。


「では訓練室へ移動する。準備を始めてくれ」


───────────────────


「き、教官……僭越ながら、これ……以上は……ッ」


「我の剣撃はこれより重い。これが支えられないようであれば死ぬ」


 200キロのベンチプレスを持ち上げながら、隊員は今にも死にそうな真っ赤になった顔で訴えかける。


「仕方ない……」


 ヴァンキッシュは片手で200キロの重りを意図も容易く掴み、隊員の胸元から下ろした。


「……弱いな。これ程とは……」

「人間は、皆こうなのか?」


 全員が心の中で頷いた。


───────────────────


「き、教官……!待って……くだ……さい……!教か───」


 ……バタリ。走り疲れ、ついには倒れてしまった。

 これは90キロのマラソンを、フル装備で走る訓練……。訓練というよりは、拷問である。

 隊員の装備より重たい太刀を背に、ヴァンキッシュは夕日の向こうまで走って行ってしまった……。

 死にかけの霞んだ眼で、倒れた隊員達がその後ろ姿を見届けるのである……。


───────────────────


「垂直跳びで、5メートルだ。達成できた者から次のメニューに移っていい」


 ヴァンキッシュは、そう告げた。


「お言葉ですが……教官……」

「我々には、無理です……」


 悲痛な顔で隊員は訴える。無理なのだ。


「そうなのか?随分と軟弱だな」

「機動力は重要だ、制圧時間に直結する」

「そうだな……。───2メートルだ。2メートルでいい、それなら問題ないだろう」


「教官……」


「どうした?それ以上は譲れないぞ」

「では始めだ」


 20キロもの装備を着込んだ隊員達が、涙を堪えながら一斉に垂直跳びを始めた───。


───────────────────


 数日後……。


「やあ、お待たせ君達」

「いない間迷惑かけたね……って、アレ」


 完全に回復、復帰したドミネートは……まず己の目を疑った。


「何してんの?」


 ベンチプレスを持ち上げながら必死な顔で耐える隊員達!汗と熱気に満ちたトレーニングルームは狂気の様相……!!


「ド、ドミ……さん……!見て……ください……!ついに……!200キロを……1分間……ッ!!」


 隊員達を押し潰す勢いの重りを、ドミネートは困惑しながら二本指でつまんで下ろしていく……。

 全員分の重りが床に転がって、辺りを見渡すドミネート。


「説明、いいかな」


 倒れ伏す隊員が、顔を上げ、答えた。


「我々、は……。もっとドミさんのお役に立ちたいと……その一心で、今まで以上の訓練に励んでおりました……」

「ドミさんのような……超人的な、身体能力こそありませんが……心はいつでも……一つ……に……」


 バタリ。力尽きた。


「あのさ、気持ちは分かるけどね」

「君達の骨密度や関節は、そういった運動に耐えられるようできていない」

「身体を壊してまで、ついて来て欲しいとは思わないよ」


「ど、ドミさん……」


 涙ながらにドミネートを見上げる隊員達。


「誰だって調子を崩す。私だって同じ。だから身体は資本なんだ」

「見てみなよ、目の下真っ黒だし、顔も青いよ。こんな時にもし出動命令なんて出たら、立ち上がった勢いで死んじゃいそうだね」


 見渡せば、皆が満身創痍。

 たった数日で、彼らがこうも死にかけるとは……。


「誰かの、入れ知恵かな」

「……このトレーニングメニュー作ったのは?」


 分厚い鈍器を持ち上げて、ドミネートは皆に尋ねた。……しかし彼らは一斉に口を閉じる……。

 全身からは冷や汗が……名を呼ぶことすら恐ろしい……!!


「……まあいいや。とにかく今日は休んでよ。ご飯食べて、寝る。お風呂に浸かるのもいいね」

「明日からまたいつも通りのメニュー再開するから、よろしく。自分の限界を知って、地道に頑張って行こうよ。ね?」


 その言葉を聞いて、泣かない奴はいなかった。

 感涙である。


「自力で動けない人は?いたら運んであげるけど」


 全員が倒れたまま手を挙げた。


「あのねえ……まったく……。世話の焼ける部下達だよ……」


 苦笑いして、言うのであった。

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