Earth Quake

神原 暁

第1話【地揺れの果て、魂が行き着く先は月の砂漠】

【暑い、暑い初夏の事だった。】

 よく晴れた六月のことだ。

 今月分の課題を終え、気分転換として散歩に行くことにした。

 道中、鴉がぎゃあぎゃあと啼いて犬が狂ったように吠えていたが、それ以外は何ら変わりない平日の住宅街を歩く。

 私は、何か嫌な予感がしていた。

 強い風が運ぶ甘く油臭い匂いは、トラックの排気ガスとは違った異常さを醸し出していて、少しだけ身震いをする。

 建物の日陰に座り込み、ペットボトルの水を飲むと少しだけ暑さが和らいだ気がした。

 少し前までは、こんなに暑くなかったのに。

そう呟くと、鴉の啼き声がよりいっそう強まった。

「うるさいなあ、今どくから待ってよ。」

 目の前で立ち止まり、こちらを見てぎゃあぎゃあ啼く一羽にそう言いながら私は帰路につく。

 帰るまでの数百メートルも、かなり長く感じた。

甘く油臭い匂いは風に乗って鼻腔を突き、鴉や犬の吠え声は鼓膜を殴り続ける。

 それらの騒音に耐え、私は玄関のドアに鍵を差し込んだ。

 その時に地震は起きた、立っていられないほどの揺れに膝をついて座り込んでしまう。

「こんなん……逃げられるわけないじゃん…!」

咄嗟に嘆く。

 私は集合住宅に住んでいるが、その九割ほどの住人がお年寄りだ。

 高校生の若人が直立できず座り込むほどの揺れだ、八十歳やそこらの老人が自力で避難できるわけ無い。



【神の子】

 "生前"の記憶はここで途切れ、目を覚ます。

 あの地震で死んだ全ての人たちと一体化して、ミキサーで混ぜられたバナナスムージーのように混ざり合い、"私たち"は寒い夜が続く白い砂地にいるのだ。

 常世はどこまでも荒涼としていて、風が一切ない。

 しばらく歩いていると、人が立っているのが見えた。

 少しばかりウェーブのかかったロングヘアの男は、こちらに手招きしている

 "私たち"はその男の前に立ち、その顔を見る。

「あなたたちが死んでしまったことは父も嘆いています、なぜなら不本意の事故なので。」

「なぜですか?理由を教えてください」

 男は悲しそうな表情を浮かべ、"私たち"の背後を指さす。

 振り返ると、そこには地球が見えた。

「異世界がこちらに干渉したせいで一国の土地が沈んだのです。ここは狭間の世界、あなたたちは転生前の準備をしている。」

 男が"私たち"の肩に手を置く。

「祝福か呪いか、どちらかがあなたたちに与えられます。」

 そう言うと思い切り突き飛ばし、はまったパズルのピースがぐちゃぐちゃに外れたようにして"私たち"は個になった。


【転生】

 魂が何処から来たと思う?

それは誰にも分からない。

私の行先はどこなんだろう?

幸せなところだといいな。


 そんな自問自答を繰り返していると、重い瞼が開いた。

 見知らぬ天井、それは優しい匂いがする木造の天井だった。

 寝すぎたせいか痛む身体を動かし、顔の前に手をかざす。

 もちもちして、血色のいい白い肌がそこには見えた。

 目を見開き驚いて出した声は赤ん坊のようで、さらに驚愕した。

 ドタバタと足音がして、誰かが部屋に入ってきた。

 侍女のような服装をし、眼鏡をかけた中年の女だ、乳母というような感じだろうか、その目もとには柔和な表情が宿っている。

「坊っちゃま、ご飯の時間ですよ〜」

 乳母らしき女は、私を抱き上げて哺乳瓶を見せた。


 数分後、ミルクを飲んだ私はお腹がいっぱいになって眠ってしまった。


 どうやら、私は異世界転生してしまったようだ。







 【自己紹介】

 これは、俺が四歳か五歳の時の話だ。

その時は一人称が「私」で、乳母であるリリィに指摘されたことがあった。

「坊っちゃまは、なぜ女の子のように自分のことを私と言うのですか?」

 俺は困惑した、前世が地震で死んだ女子高生だなんて口が裂けてもいえなかったからだ。

「え、えぇーと…なぜかなあ、えへへ……」

作り笑いをして、年相応の振る舞いをしたが、やり過ごせたかは分からない。

 ただ、リリィは微笑むだけだった。


 ここで自己紹介、俺の名前はイヴァン・エンキだ。

物書きの仕事で金持ちになった父親と、宝石商の娘である母の間に生まれた。

静かな郊外にある木造の屋敷に住んでいるが…少し落ち着かない。

 なぜかと言うと、インターネットがないからだ。

この世界は科学とかよりも魔法が発展しているらしく、少しばかり原始的だった。

 俺は、どうしたらいいんだろうか。



 

【誕生日】

 そして今日、俺は十七歳になった。

 あの日、死んだ時の年齢と同じところまで巻き返せたからか、少しばかり浮かれているようだ。

 そして家の玄関がノックされ、来客が来た。


 

 誕生日の七日前、俺は召使いたちを手伝うために薪を割っていた。

 ただそれだけのことだったのに、手斧を薪に叩きつけた瞬間、雷が落ち、俺の半径30センチくらいが黒焦げになってしまい、執筆作業をしていた父親が裏庭へ飛び出してきた。

「イヴァン!お前何やってんだ…ってなんじゃこりゃ!怪我はないか?!」

 なんて言い訳すればいいんだ?こんなピンポイントで雷が落ちて俺が無事なわけないが、俺は無傷だ。

「と…父さん、雷が…」俺は、驚きすぎて素で声が震えていただろう。

 父親は、ため息をついて額に手を当てながらこんなことを言った。

「……お前の誕生日にギルドの能力鑑定士が来てもらえるよう、手紙を出しておく。」

「父さんの予想が正しいなら、お前は雷魔法の能力が目覚めただろう。」


 

――続く

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