四人の殺人鬼

 通信室に入ると、オレはすぐに鍵を閉めた。

 中は冷房が効いており、涼しい。

 通信室は手前の部屋がガラス張りになっており、奥の部屋がパソコンなどの置いている部屋。

 オレは、奥の部屋に行き、手前の部屋を見ないようにした。


 パソコンを点けて、習った通りに政府専用アプリを起動。


 すぐに通信が繋がった。


『遅かったじゃないか。トラブルかい?』


 説明会で会ったスーツの男が表示される。

 オレは何も答えれなかった。

 すると、男は何かを察したようだ。


『とりあえず、自己紹介をさせてもらおうかな。私は安藤あんどうと言います。これから、よろしくね』


 白髪交じりのオールバックが特徴の男。

 でも、オレが聞きたいのは自己紹介じゃない。


『その様子だと、先に手つけちゃったか』

「あいつら、……人を殺したんですが」

『うん、うん。それが、仕事だからね』


 リオさんの言っていた話は本当だった。


『彼らには、あたりから説明してきたんだ。だから時間は山ほどあってね。でも、普通の事は呑み込みが悪すぎる。これが一般人との違いだねぇ』


 オレは煙草を取り出して、すぐに火を点けた。

 落ち着くためなら、何だっていい。

 今は頭の中がピリピリとしていて、ずっと緊張状態が解れない。


「人を殺すことが、仕事だって?」

『なんて言うのかなぁ。どこから説明したものか』


 考える素振りをして、安藤は言った。


『死刑制度』

「あぇ?」

『刑務官がね。人を殺すのはリスクが高いんだ。全ての始まりは、こことも言える。絞首台のボタンを誰が押したか分からなくする、なんて色々対策はした。でも、年々病む人が後を絶たない』


 頭の中で、スーッと靄の掛かっていた何かが晴れていく。

 安藤の回答はいずれも残酷ではあるが、オレを長時間苦しめていた疑問が呆気なく消えていく。


『言葉を変えるなら、。そこに加えて、遺族が前を向けるように、君達は凶悪犯を殺し、遺族の心を少しでも軽くする。そのために、死に顔をカメラに撮る。これが、更生支援プロジェクトだよ』


 灰を床に落とし、額から落ちてきた汗を袖で拭う。


『あぁ、安心してくれ。国民番号で家族構成は分かってる。君に振り込むお金は、全てご家族のもとに送る。これは約束する。君の家族は関係ない』


 家族にお金が振り込まれ、オレのやっている事とは関係がない。

 言葉によって、区分された事で、不思議とオレは安堵した。


『君はカメラで撮るだけでいい。そして、アップロードしてくれたら、それでいいんだ。――早速、殺したんだろう?』


 安藤は、分かっててオレに聞いていた。

 オレは黙って頷く。


『チップで分かってるからね。今、部下が生体反応を調べて把握した』


 自分の手の甲を見つめた。

 研修中に埋め込まれたやつだ。

 身分証明やロック解除に使うと言われていたが、それだけではないらしい。


 生体反応まで把握されているのだ。


『何か聞きたい事は?』

「あいつらは、……何で躊躇いなく殺せる? おかしいだろ」

『さっきも言ったが、死刑囚なんだ。そうだね。詳しい事を話そうか』


 煙草を足元に落とし、靴の底でもみ消す。

 続けて二本目に火を点けた。

 眼鏡を外し、粗くテーブルに放り投げると、目を押さえて深呼吸。


『まずは、リオからだね。この子は一年で26人を殺害している。精神的に不安定な子でね。被害者の共通する点は、交際相手ってところだね。今まで見つからなかったのは、協力者がいたからだ。まあ、その協力者は病院で殺害されて、リオはあえなく逮捕』


 可愛い顔をして、何人も殺した正真正銘の殺人鬼だ。


『次に、ババ。ババは半グレが運営していた地下クラブで、SMショーをやっていたんだ。まあ、拷問クラブだね。遺体の処理は仲間がやったそうだが、殺した人数は50人。非合法のクラブだからね。そういった悪趣味な見世物をしていたんだろう』


 いかにも喧嘩っ早い見た目をしているくせに、ババはやり合った末に殺すといった行為はしていなかった。


『ナギの場合は、ちょっと癖があってね。性的暴行ではないんだけど、女性をターゲットにしてるんだ。手法がちょっと変わっていてね。罠を仕掛けて捕らえた女性を溺死させるんだ。被害人数は15人。みんなお風呂場で亡くなっていたからね。最後は女性に抵抗されて、頭を打って気絶。非力なのが救いだったね』


 罠か。

 そういや、研修中ババが騒いでいたな。

 癖があるんだろう。


『リョウコは一番手強いな。信じられるかい? 70人の男性を殺害してる。こいつは半グレでね。まあ、強いのなんの。はは。女の子なのに、よくやるよ。元は総合格闘技を習っていたみたいでね。押さえた警官は顔の骨を骨折。他には絞め落されたり、かなり手を焼いた。最後は数人がかりで押さえて逮捕』


 どうやら、リョウコさんが一番凶悪らしい。

 警官でも手を付けられないとなると、相当なものだ。

 見た目からも、男顔負けの筋肉量だ。

 我体が良いので、大体想像はつく。


 一通りの話を聞いて、オレはため息を吐いた。


「全員、殺人鬼か……」

『だから、研修中には言わなかったんだ。こっちは必死だからね』

「逃げ場のない島で説明ってか。くそ……」


 段々と語彙は荒くなり、オレは全身から力が抜けていく。

 ハメられた。

 国だからと鵜呑みにしていた自分も悪い。


 それにしたって、殺すことが仕事だなんて、平和な日常に生きていた身からすれば、信じられなかった。

 いや、借金まみれの生活を平和というのは、少しもやっとくるが。


『ちなみに、君達が殺した男はね。中東から来たんだ。何のために来たと思う?』

「さあ。想像もつかないよ」

『人をさらうために来たんだよ』


 安藤の口調には憎しみが込められていた。


『本当の事を言っても、誰も信じちゃくれない。だからね。なんだ。さらわれた日本の女性はどうなると思う?』

「分からないよ」

『奴隷だよ。国際問題にはならないさ。日本には力がないからね。白人だって被害に遭ってるけれどね。そして、相手は金持ち。どうも、メイドが好きらしくてね。自分の家で飼うのが趣味らしい。飽きたら、捨てられる。大使館には守れない。その前に、大勢の男たちに犯され、殺される。これが世界の現実だよ。その世界に引きずり込んで、金を稼いでいたのが、あの男だ』


 何とも胸糞悪い話だ。

 本当だとしたら――。


『今、、なんて考えてないか?』


 考えていた事を当てられ、オレは言葉に詰まった。


『世界を見てきた国の人間が、物を言ってるんだよ。分かるかい? その言い訳が、誰も信じてくれない理由なんだ』


 安藤は悲しげに嘆息した。


『いいかい? 被害に遭ってるのは、大人の女性だけではないんだよ。むしろ、子供の方が多い。抵抗できないからね。成長したって、老けるまで時間がある』

「…………」

『言っただろう。悲願なんだ。やっと罰を与えられる。やっと、守れる。現場で見殺しにしなくて済むのだよ』

「そのために、……こんな事を?」

『新田さん。方法はどうあれ。あなたのやってる事でね。救われる人間がいるんだよ』


 オレは何も答えれなかった。

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