死亡フラグは折りましょう

「ノーツさん、少しお願いがあるんですけど良いですか?」

「何だろうか?」


訓練後に声をかけると、嬉しそうにノーツが振り返った。

今日も散歩が楽しみな犬みたい。

ぶんぶんと見えない尻尾が揺れているようで、可愛い。


「今日、ギルドの錬金術工房を借りるんですけど、道具運びと護衛をお願いしてもいいですか?午後から少し試したい事があるんです」

「ああ、別に午後は暇だから構わない。明日からは暫くいないからな」


困ったように眉を下げて微笑むノーツに、私は首を傾げて質問する。


「もしかして迷宮探索に行かれるんです?」

「ああ。今回は一週間くらいは戻れないと思う」


ノーツは可愛い大型犬のように見えて、優秀な冒険者である。

月に数度は、地下迷宮に潜るのだ。

大きな氏族クランには属していないが、優秀なパーティには属していて、彼らはパーティ単独で迷宮探索をしている。

東西の迷宮と南北の迷宮は存在そのものが違うのだという。

踏破済であり、初級冒険者向けの東西迷宮は、迷宮自体が石造りの簡素な造りとなっていて、各階の違いは殆ど無い。

通路や部屋数は変動するものの、寒暖差や明暗差なども無い場所で、一階毎にボスがいて、五階毎に中ボスがいる。

一番強いボスは一番階下にいるが、それぞれのボスを倒すとポータルを利用できるアイテムをドロップする。

人数分現れるそのキーは数日間で消えてしまう為、基本的にはギルドカードに統合インテグレーションされるのだ。

これはギルドでも行えるし、仲間に統合インテグレーションを覚えた魔法使いが居れば可能である。

他にも装飾品に統合インテグレーションする人間もいるが、基本的にはその場にいる人間以外の持ち物に付与するのは犯罪となっている。

特権を許されているのは、救助に向かう必要がある場合に対応する為の冒険者ギルドと大聖堂だけで、稀に不正品を売買した貴族や野盗等も使用しては捕まっている。

これは、魔力を視る事が出来る魔法使いなら、適正な人物が使用しているかは判別がつくらしい。


ノーツが潜るといっているのは南北の迷宮のどちらかだろう。

東西と違うのはその規模である。

まず、外界と変わらない自然の風景の中、冒険する事になるという。

別の世界なのか、空間が歪んでいるのか。

その辺りは判明していない。

かといって無限に空や壁が続くわけではなくて、一定距離で進めなくなるという形になるらしい。

ただその規模が別世界か?と言いたくなる位に広いのだが。

水もあれば、草木や果実も育つ為に、動物型のモンスターが多いと聞く。

そして、東西と大きく違うのはもう一つ。

南北のポータルは、安全地帯だけに設置されているという事だ。

そこへ到達した事がある者だけが、そこへ移動できる。

安全地帯は十階ごとにあり、その階層だけは動物はいても、襲ってくる怪物はいない。

故に、ポータルの近くは町が存在する。

運べる荷物の大きさは人と同じくらいなので、内部での材料調達が主だが、外よりは小さな規模で店を経営する人々もいるらしい。

そこを足がかりにして、冒険者は皆、更に地下を目指すのだ。


危険な冒険。

ノーツは何でもないことのように言うけれど。


「無事に戻ってきてくださいね。またご飯食べに連れてって下さい」

「……ああ、是非。……うむ、それなら絶対に戻らないとな」


あ、やべぇ。

それって死亡フラグってやつ?

困るなあ。

頼りになる友人がいなくなるのは大変困ります。


笑顔のノーツを見て、私は彼の無事をかなり真剣に神に祈った。

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