小さい頃の喧嘩が理由で話さなくなった幼馴染が隣の席になりました。これから俺はどうすればいいでしょうか
せにな
第1話 プロローグ
「
元気な声で扉を開ける少年は、サッカーボールを片手に幼馴染の名前を呼ぶ。
「しー!ここ病室だから!」
忙しない様子で入ってくる少年に、花音は人差し指を立てて注意した。
「いいから!ちょっと見ててな!」
けれど有無を言わせず言葉を発する少年は、サッカーボールを地面につける。
そして、泥だらけになった靴でボールを掬い上げて右、左とリフティングを始めた。
「すご!
先程まで注意していたのにもかかわらず、まるで病室であることを忘れたかのように目をキラキラとさせる花音は、手を叩いて歓声をあげる。
「すごいのはここからだ……ぞ!」
溜め込むように足の上にボールを乗せた遊は、身体でリズムを取りながらボールを空中に飛ばし、円を描くようにクルッとボールの周りを右足で一周させた。
「すご!!なんでできるの!?」
「練習したらできた!花音も病気を倒して一緒に練習しような!」
「うん!私、絶対この病気に勝つ!」
なんて会話をしながらもなおリフティングを続ける遊は、目を輝かせる花音で心が満たされた。
すごいと褒められ、楽しそうに手を叩く。そんな彼女の姿を見れば、誰だってやる気にもなるし、もっと褒められたいとも思う。
――けど、それは間違いだったんだ。
遊――俺が、花音の病室に行くようになってから1年が経った頃だった。
いつものように、花音が褒めてくれそうなことを練習した俺は病室へと入った。
「花音!」
なんて、ガキンチョの元気な声が病室に響いたのを今でも覚えている。
「今日はギター持ってきたんだぜ!」
自分よりも遥かに大きいギターケースを背中に担ぐ俺は、白いシーツで寝転ぶ花音の元へと笑顔で駆けつけた。
褒められたいと思いながら。聞かせたいと思いながら。
ジッパーを開き、木目が目立つアコースティックギターを取り出し、椅子に座る。
未だにこちらを向いてくれない花音なんて気にせず、見せたいという気持ちだけが先走って、固くなった左指でBコードを抑えた。
その時だった。
やっとこちらに顔を向けてきたかと思えば、ギュッとシーツを握る花音の目にはなぜか涙が溜まっており、眉間にシワを寄せてこちらを見ていたのだ。
「か、花音?」
思わず動揺してしまう俺は、弦から指を離し、花音の頬へと手を伸ば――
「もう来ないで!自慢するのやめて!」
伸ばした俺の手が花音の体温を感じることはなかった。
勢いよく叩き落とされた左手はギターのボディーに当たり、手の甲に激痛が走ったのを覚えてる。
そしてその拍子に俺も睨みを飛ばしてしまったのだろう。
心底心外な表情を浮かべた花音は、堪えていた涙を流しながら口を開いたのだ。
「もう二度と私の前に来ないで!バカ!」
今となってはちゃんと理由を聞いて、話し合って、穏便に済ませるだろう。
けど、ガキの頃の俺はそんなことは出来なかった。
だから言い返してしまったんだ。
「バカ!」だとか「アホ!」だとか。小学生のガキが言いそうな悪口を並べたさ。
でもまぁ、そのせいでストッパーが外れてしまったんだよ。
「まともに立てないくせに!」
ガキの頃の俺がなにも考えずに発してしまった言葉が、それがまぁ地雷を踏んだわけだ。
花音の目から溢れ出てくる涙なんて見ず、自分が思ったことだけを口にする。
ほんと、酷い男だよ。
花音の身体は生まれたときから弱く、小学1,2,3までは来れていたのだが、病状が悪化してからは寝たきりに。
実際には立てるし、少しぐらいなら歩ける。だが、それは点滴を打ちながらのみだけ。
今考えりゃ誰だって分かる。俺が悪いってことぐらい。
入院してる人に対して言ってはいけない言葉があることぐらい。
でも、昔の俺はそんな考えには至らなかった。
ちっぽけな脳は、人のことを考えることができず、ただ承認欲求を満たしたかった。
「最低!嫌い!遊くんなんて嫌い!もう知らない!」
止まらない涙とともに暴力を振るってくる花音は、俺の身体だけには留まらず、白い枕を手にとってギターを叩いてくる。
「やめろ!叩くな!」
父さんの物ということもあり、完全に感情に流されてしまった。
ギターとギターケースを肩に担いだ俺は、ただ一瞬だけ、花音の頬を触った。
「――いたっ!」
若干俺の指の跡がつく頬を、花音は更に溢れ出す涙とともに優しく抑える。
そして俺は、逃げるように病室から出ていった。
パチッと目が覚め、白い天井が視界に入る。
ベッドで寝転ぶ俺の周りにはカーテンがあり、光を遮断していた。
「ん……。頭いった……」
やおらに白い枕から頭を離し、お腹までかけてあるシーツを捲る。
ズシズシと痛む後頭部を掻きながら、ベッドの横に並べてある靴に足を入れた。
「嫌な夢見たな……」
黒歴史である小さい頃の夢を見てしまった俺の眉間には自然とシワが寄り、カーテンを捲ったことによって目が合う保健室の先生に不審な顔をされてしまう。
「ど、どうしたの?脱水症状が悪化した?」
「嫌な夢見ただけっす」
「男の子の睨みはほんと心臓に悪いから……」
「すみません」
トントンっとつま先を地面に当てながら頭を下げる。
すると、胸を撫で下ろす保健室の先生は椅子から立ち上がり、小さな冷蔵庫の前で膝を抱えてこちらを見上げてきた。
「お水はもう飲みきったの?」
「はい」
「今回は特別にもう一本あげるけど、次はちゃんと自分のお金で買うのよ?それか水筒をちゃんと持ってくること」
ひんやりとした冷気が伝わってくる空間の中から一本のペットボトルを取り出す保健室の先生は、「ほい」という掛け声とともに投げ渡してくる。
「あざます。大切に飲みます」
「どちらかといえば反省の言葉が欲しかったんだけどね……」
「もちろん反省してますよ。次はちゃんと財布持ってきます」
「なんか違うけど……まぁいいか。早く教室に戻って授業に参加しなさい」
「……もう少し、寝てていいっすかね」
「バカなこと言ってないで早く行きなさい」
相変わらずに膝を抱えたままだが、細めた目はこちらをジッと見つめてくる。
「……はぁい」と、不貞腐れながら言葉を口にする俺は、冷たいペットボトルを両手で持ちながら踵を返した。
「失礼しました……」
「はいはーい」
流されるような言葉が返ってくる保健室の扉を閉め、不意に訪れる静寂の中を、ヒタヒタと足音を鳴らしながら歩く。
2年生の教室前に差し掛かれば、静寂を切るように授業をする教師の声が廊下に響く。
そんな中、あっという間に水滴が溢れたペットボトルを握り、反時計回りにキャップを回して開けた。
いつの間にか痛みがなくなった頭を上げ、呑口を唇に当てて喉を潤す。
先程見た黒歴史を身体の奥底に沈めるように。二度と思い出さないように。
2年生の教室前を通り過ぎれば、再び静寂が訪れる。
だが、2階に続く階段を通り過ぎれば俺の教室である1年1組みの教室が見えた。
「授業だっるいな……」
正直、今習っている内容は中学の復習に過ぎない。
夏休みも明け、9月の中旬だというのに授業の進みが遅すぎる。
自然と重くなる俺の足なのだが、留まることを知らないのかあっという間に教室の前にたどり着いてしまった。
おもむろに引き戸を開ける俺の顔はげっそりとしているだろう。
「おっ、帰ってきたか白崎――って大丈夫か……?」
「大丈夫です。お水も貰ってきましたので」
「ならシンプルに授業が嫌なだけか?」
「……」
違う。
俺が嫌なのは授業なんかじゃない。
確かに一度習ったところを復習する意味はないと思っているのだが、それよりも嫌なことがある。
「さては図星だな?だが残念だったな。帰ってきたからにはノートとってもらうぞ」
どこか煽るような口調で言ってくる生物の先生は、一番端の俺の席――ではなく、その隣りにいる女子に目を向けた。
「
「え、私ですか?」
「それ以外に誰が居る。
「…………」
「あとシンプルにノートの取り方が綺麗だからな。白崎も手本として見せてもらえ」
思わず黙り込んでしまう女子生徒――西原花音なんて他所に、教科書を片手にチョークを持つ先生は「授業続けるぞ〜」と言葉を紡いで文字を書き始めた。
今、あいつがどんな顔をしてるのかなんて分からん。
同じクラスになってから目なんて合わせてないし、顔なんて見てない。
俺は無言のまま席に着いた。
そしてノートと教科書を出し、シャーペンを走らせる。
俺が嫌なのは授業なんかじゃない。
隣の席に、喧嘩が理由で話さなくなった幼馴染がいることだ。
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