飲んだくれ

文字を打つ軟体生物

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 夜。


 都会のネオンに照らされて、ただひたすらに行く当てもなく彷徨う。


 途中のコンビニで買った缶ビールが3本入ったビニール袋を片手に、ふらふらと歩き続ける。


 彷徨った果てに行き着いたのは、ビルに囲まれた微妙に大きい公園。


 こんな場所、来たこともなかったな。


 人っ子一人いない物静かな公園で、私は一人ブランコに乗る。


 もう伸び切ってしまったこの身長ではどうしても足がついてしまい、ブランコはただの揺れる椅子と化してしまうが、私にはそれで十分だ。


 揺れ動く心に呼応したようにゆらめくブランコの上、私は1缶目を開ける。


 冷えたビールが喉を通り過ぎる。

ほろ苦いその黄金色の液体は、疲れた私の身体の隅々まで染み渡り、嫌なこと全てを忘れさせてくれるような気がした。


 いや、忘れられるわけがない。


 あのクソ野郎、私が今までどんな気持ちで接してきたと思ってるんだ。


 どれだけよ覚悟を決めて、告白したと思ってやがるんだ。


 ああ、思い出したら腹が立ってきた。

私は缶に残ったビールを一気に飲み干す。


 あと2本、大切に飲まなければいけないなぁ。

そう思い、2本目を開けるのを躊躇う。


 あいつは優しくて、礼儀がなっていて……でもどこかが抜けている。

私はそんなところに惹かれたんだ。


 あいつは……あいつは、私の沈んだ心を癒してくれた。

癒やして、それで踏みにじるなんて。


 いい趣味してやがる。


 そうだな、いつからだろうか。

私はあいつに惹かれていた。


 もともと気になってはいた。

いや、あいつには人気があった。


 優しさに礼儀を兼ね備えたお兄さんだなんて、需要の塊に違いないだろう。


 ……それでも私の興味が向くほどでもなかった。


 あいつに興味を持ち始めたのは、去年の夏。

暑くて暑くて仕方ない、そんな日だった。


 その時、クーラーもつけずにあいつはパソコンに向かって仕事をこなしていた。


 あまりに暑そうで、いや私自身も暑かったが。

私は声をかけた。


「谷崎くん、暑くないの?」


 あいつははっとしたように答える。


「言われてみれば……めちゃくちゃ暑いですね、汗でびしょびしょです。気づきませんでした、ありがとうございます!」


 呆れてしまって、思わず口に出す。


「気がつかなかったって……自分のことくらい気にしなさい」


「わかりました! ありがとうございます襟川さん!」


 あいつはそう元気よく返事して……結局、クーラーをつけずに仕事に戻った。


 私はあいつが気になり始めた。

生真面目なように思えたあいつは、いつしかかわいいマスコットに見えるようになった。


 おおかた私は、普段と少し違う抜けているあいつのギャップにやられてしまったのだろう。

 

 その後、当然と言ったところか。

あいつは熱中症で倒れて大惨事を巻き起こした。


 後始末は大変だったさ。

でも私は浮かれていた。


 あいつを見つけた、いや、あいつを知った。

そんなことで浮かれてしまっていたから、後始末なんて苦にもならなかった。


 私は……気になったらがっつり行くタイプで、とにかくあいつとの距離を詰めていった。

飲み会に誘ったり、昼食で一緒の飯屋に行ったり、カラオケとかボウリングに誘ったり……


 とにかく、私はあいつと親しくなるために時間を費やした。


 結果は……ひどいものだった。


 これだけあいつと飲んだり遊んだりしても、あいつの態度は一切変わらない。

会社内での他愛もない会話のほうがあいつとの距離を縮めるのに役に立ったことだろう。


 ああ、思い出してまた腹が立ってきた。


 私はブランコから降り、思いっきり空き缶を投げ飛ばす。


 どこに飛ぼうと私は責任を取るつもりはない。

 

 さて、私はなんとなく公園内ををぶらぶらと散策する。


 微妙に大きい公園には、よくわからない遊具に滑り台をつけたものや雲梯、鉄棒……そしてさっき座っていたブランコがある。


 酔った目ではそのくらいしか認識できなかったというだけではあるが、そんなことは置いておこうじゃないか。


 私は滑り台のついている謎の遊具の上に乗る。


 缶ビールの2本入ったコンビニの袋を床……? まぁ床でいいだろう、床に置き、私は寝転がろうとする……が、スペースが足りない。


 手足を伸ばそうとするとどこかにぶつかるような、狭いがそこまでではないような空間。


 そんな場所で、私は2缶目を開ける。


 1缶目と比べるとぬるいそのビールは、冷たくなった私の身体に……そんなことはなかった。


 普通に冷たい。

キンキンに冷えたもののように染み渡るわけではないが、普通にうまい。


 このまま酒に溺れてどうにかなってしまえばこの憂鬱を振り払えるだろうか。

酒にそこまで強くない私なら、3缶目で潰れるに違いない。


 いっそ、酒に飲まれてしまおう。


 そんなことを考えて……それでも、それでも。


 あいつのことを思い出してしまう。


 ああ……私がフラれたあの告白についても。


 さて、私はあいつと関わっていくうちに絆されていった。


 あいつと関われば関わるほどあいつのことを好きになっていった。


 いつしか、その気持ちは膨れ上がり……恋愛感情と呼べるくらいのものになっていた。


 私は、あいつと付き合うために最高の場を用意しようとした。


 まるでプロポーズでもするような、そんなデートの計画を立てたんだ。


 遊園地で遊んで、高級なレストランで想いを伝える。


 シンプルでロマンチックでベタだろう?


 さて、まず遊園地からだ。


 結果から言えば、成功だった。

あいつはアトラクションの待ち時間に、変な雑学を沢山教えてくれた。


 ジェットコースターにお化け屋敷、シューティングゲーム。


 私達は笑って泣いて叫んだ。


 日は落ち、夕暮れ時。


 私達はレストランのガラス張りになっている窓から夕暮れを眺め、食事を楽しむ。


 他愛もない話をして、笑い合って。


 食事が終わって暫くの時間が経ち、残ったワインを少しずつ飲みながら時間を潰す。


 私は話を切り出す。


「なぁ谷崎。お前、私のことどう思ってる?」


 さぞ返答に困ったことだろう。


「どう……って、いつも絡みに来てくれる、愉快な先輩……とかですかね?」


 さすがにコレはない。


「乙女に対して0点の回答だな」


 自分で乙女だなんて、笑ってしまいそうだ。


「先輩が乙女だなんて、ふふっ」


 こいつ、むかつくな。


「笑うな」


 命令形を使うとあいつは素直に応じる。


「はい……」


 私は話を切り出す。


「私は谷崎。お前のことを好いている」


 あいつはそこまで気にしない様子で答える。


「そりゃこんなによくしてもらってますし、そのくらいはわかりますよ」


 ……はぁ。


「違う、恋愛的な意味でだ」


 言わないとわからないのか。


「……もう一度言ってもらっても大丈夫ですか?」


 なんだ、私がお前に恋愛感情を抱くのがそんなに変か?


「私はお前のことが好きだ。どうか私と交際してはくれないか?」


 私の、渾身の告白だ。


「それは……いつものジョークとかではなく?」


 さすがに私はキレてよかったと思う。


「そんな悪趣味なジョークあってたまるか」


 あいつは急に真面目な顔になり、答える。 


「そう……ですか。すみません、先輩。僕には先輩と付き合えるレベルの勇気を持ち合わせていません。僕では先輩を幸せにできない、そんなふうに感じるんです」


 ……これが、私の初めての失恋だ。


「……そうか。会計行くぞ」


「……はい」


 そうして、帰り道で別れた私はここで飲んだくれているわけだ。


 私は2缶目を飲み干し、おぼつかない足取りでベンチへと向かう。


 そのまま3缶目まで飲み干し、空き缶を適当な方向にに投げ捨てる。


 酔いが回りきった私はベンチに倒れ込む。


 私の意識は遠のいていく。


 目の前がどんどん暗くなる。


 ああ、もっと早くこんな夢から覚めたかった。

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