第20話 自白珈琲

 そよそよと風が流れ、青い空が広がる日中。

 遠く街道の先に、ゴマ粒ほどの家がポツリポツリと見えてきた。


「また、大きな街が近付いてきたわね」


 御者席のクレナが背中越しに声をかけると、ラミスが幌の隙間から上半身だけ外に出して尋ねた。


「クレナちゃん、なんだか嬉しそう。もしかして、今回も気持ち悪い写真集めるの?」


「違うわよ。ていうか、別に気持ち悪くないし。あたし、あの街で友達と会う約束してるのよね。というわけで、どこか一日別行動になるけどいい?」


 ラミスは数秒間、口をぽかんと開けて固まった後、震えた声で問い返した。


「いつ、どうやって友達と連絡なんて取り合ってたの? クレナちゃん不良なの?」


「なんで、あんたを通さずに友達と連絡してただけで不良認定されるのよ。だいたい、あんたも見たことあるでしょ? あたしが、たまに伝書鳩を飛ばしてるの。あれよ」


「ああ、あれが世に言う伝書鳩だったんだ。私、連絡取り合う人とか人生で一人もできたことないから、分からなかったよ」


「話を急速冷凍させるんじゃないわよ。その……なんか、悪かったわね」


 どこか重苦しい空気の中、ラミスがうつむきながら質問した。


「ちなみに、友達って男? 女?」


「……女だけど」


「年齢は? 普段は何してる人なの?」


「同級生だから歳は一緒よ。今、何をしてるかは知らないけど……って、何この質問? あたし、これ答える必要なくない?」


 スッと目を細めて語気を強めるクレナ。

 ラミスは幌の中に一度引っ込み、しばらくしてから一つの珈琲カップを手に再び上半身を出して言った。


「そうだね。出しゃばりすぎた質問だった、ごめん。お詫びと言ってはなんだけど、差し入れの珈琲だよ」


「別にそこまで謝ってくれなくてもいいけど……珈琲、貰うわね?」


 クレナは振り返らずにカップを受け取ると、視線を前方に向けたままカップを口へ運ぶ。




 ――そして、次の瞬間、盛大に珈琲を噴き出した。




「うええ、苦いっ! ちょっと、何飲ませんのよ!」


「万が一に備えて作り置きしておいた、自白効果のある珈琲だよ。安心して、苦いけど身体に害はないから」


「全然、安心できないんだけど!?」


 涙目で訴えるクレナをよそに、ラミスは含みのある笑みを浮かべて尋ねる。


「では、単刀直入に聞くね? その友達は、クレナちゃんにとってどういう存在なの?」


「どういう存在? あー……あいつとは入学式で出会ってから、ずっと苦楽を共にしてきたわ。雨の日も風の日も、支えあって乗り越えてきたの。お互いに涙をぬぐいあい、友情の日々を駆け抜けた、かけがえのない存在よ」


「……ごめん。回答が本気すぎて、ちょっと引いちゃった」


「よし、殺す。何よ、身体に害はなくても精神的な害はえげつないじゃない。個人的には『友情の日々を駆け抜けた』って部分が、声に出してて凄く凄く辛かったわ。普通に過ごしてれば生涯口にしないような単語を、よくもペラペラ喋らせてくれたわね」


 首元まで真っ赤に染めてうな垂れるクレナに、ラミスはゆっくりとした口調で語りかけた。


「けど、良かったよ。本心から、そこまで信用してる相手なら私も迷いなく送り出せる」


「だから、あんたに何の権限があって、その発言なのよ。はあ……これ、効果はいつまで続くの?」


「少量しか飲みこまなかったし、すでに効果は切れてるはず」


 前髪をいじりながら、単調な声で説明するラミス。

 すると、クレナは数秒ほど額に手を当てて黙りこんでから告げた。


「そう……いや、やっぱりまだ切れてなさそうよ。シラフなら思い付きそうもない下品な言葉が、頭の中に湯水のように湧いてくるもの」


 クレナは幌馬車を道の脇に止め、満面の笑みで振り返って続けた。


「あんた、はっきり言ってクソね。クソの中のクソだわ。人間、辞めた方がいいんじゃない?」


「えっと、クレナちゃん? もう、とっくに効果は切れてるはずだよ? イタズラで言ってるだけ……だよね?」


「そんなことないわ。これがあたしの本心。毎日毎日、妹に頼ってばかりで腹立たしいったらありゃしない。最近は、いつ首をはねてやろうか思い悩む毎日よ。……って、あら? ちょうど、おあつらえ向きに胴だけ飛び出てるじゃない」


 そう答えて、クレナは片方の手でラミスの頭を鷲掴みにし、もう片方の手を剣に添えた。

 もちろん冗談である……そう、きっと。

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ユニコーンの旅カフェ〜双子姉妹の日替わり魔法珈琲〜 森羅ユイナ @yuina-S

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