第7話 箱の中身
ある真夜中、双子の幌馬車は開けた丘の上にあった。
クレナはユニコーンを連れてトイレに出かけているため、ラミスは幌馬車の中で一人布団にくるまっている。
――と、そこへ一つの足音が芝生を蹴って近づいてきた。
「クレナちゃん……じゃない?」
ラミスが身体を起こして耳を澄ますと、足音の主は丘の下まで届くほどの大声で叫んだ。
「ここは俺たち山賊の縄張りだ! 妹から、馬車の中に姉がいることは聞き出している! 大人しく出てこい!」
「はいはい、すぐ降りるよ。武器も隠し持ってないからね」
そう口にして、ラミスは両手を挙げたままゆっくりと幌馬車の外へ降りた。
そこに立っていたのは、色あせた外套に身を包んだ男の子。
青みがかった髪は所々が焦げており、物騒な日々を送っている様子が見て取れた。
ラミスは男の子の前でピタリと立ち止まって続ける。
「大人しく降りてきたことに免じて、一つ教えてもらいたいことがある。クレナちゃんは無事、花を摘み終えることができてた?」
「何を言ってるのか、よく分からないが、妹の方は川で手を洗っているところを俺たちが包囲したぞ」
「つまり、事が済んだ後だったってわけだね。クレナちゃんの尊厳が保たれてたなら良かった。さて……悔しいけど抵抗する気力もないし、好きに物色してくれて構わないよ」
ラミスの言葉を背に、男の子は乱暴な足取りで幌馬車の中へ入った。
遠慮はないが、決して品物を傷つけない手慣れた仕草で荷台を漁る。
しかし、これといった代物が見つからない。
ある程度の時間が過ぎ、しかめ面で荷台から降りてきた男の子に、ラミスは目尻を下げて話しかけた。
「どう? 宝の山だったでしょ?」
「何が宝の山だよ。こんな値打ちのない馬車は初めてだ。豆と、ありきたりな食器しか置いてねえじゃねえか。はっきり言って、襲った時間を返して欲しいくらいだぜ」
「いや、もっと真剣に見て。……そうだ、あの珈琲豆なんてどう? 一部のマニアの間では、『飲んだら絶対に吐くけど、年一くらいで欲しくなる』って地味に評判なんだよ」
「そんな金にならなそうなものいらねえよ。だいたい、お前は何がしたいんだよ。自分から進んで物を差し出すようなことを言いやがって」
「……正直なところ、これを機に『買って損したな』って豆をいくつか持っていってほしいと思ってる」
「俺たちを廃品回収業者だとでも思ってんのか? くそっ、もっと詳しく探してやる。全ての荷物をひっくり返したら、流石に一つくらい金目の物もあるだろ」
男の子は意地になって、荷台の物色を続けた。
それから、またしばらくの時間が経ち、遠く東の空から太陽が顔を覗かせ始めた頃。
男の子は「とある箱」を手に、満面の笑みで荷台から降りてきて言った。
「おい、良いもの持ってるじゃねえか。荷台の一番奥、しかも木箱を二重底にしてまで隠してある鉄製の箱とは……これには何が入ってやがんだ?」
「あっ、それはダメ! 返して!」
「その焦りよう……さては、珍しいモノでも入ってるんだな? とりあえず、これは親分のところへ持って帰らせてもらうぜ」
ラミスは叫びながら、けれど去っていく男の子を追うことはなかった。
男の子の背中が見えなくなってから、ようやく立ち上がり、鼻歌交じりに幌馬車の中へ引っ込む。
荒らされた品々を元通りに片付けていると、あっという間に太陽は頭の真上まで移動した。
一仕事終え、汗を拭うラミスに、ユニコーンと共に戻ってきたクレナが手で顔を扇ぎながら尋ねる。
「ふう……ようやく、厄介なのを全員片付けられたわ。ラミスはどう? 無事かしら?」
「うん、大丈夫。それに、こっちも厄介なのが片付いたから、むしろ助かった。殺すのは可哀想だったけど、売り物にもできないし……ちょうど、扱いに困ってたんだよね」
その日、山賊の被害によって、ちょっぴり危ない珈琲豆が幌馬車から姿を消した。
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