第6話 見守る目
パラパラと小雨が葉っぱを叩く音が、絶え間なく続く森の朝。
ラミスが寝ぼけた顔で幌馬車に揺られていると、そこへ聞き慣れない声と共に一人の女性が乗り込んできた。
ボサッとした茶色のショートヘアと、ヨレヨレの白いブラウスに黒のスラックス。
双子より一回りほど歳上に見えるが、大人としての威厳はあまり感じられない。
だらしない風貌の彼女は、明るい声色でラミスに喋りかけた。
「お邪魔しま〜す」
ラミスはビクリと身体を震わせた後、身体を縮こませながら問いかけた。
「……誰?」
「アタシはウィンベラ。乗ってた馬が逃げちゃって途方に暮れてたところをクレナちゃんに拾ってもらったんだ」
「クレナちゃんに?」
「そうそう。しばらく、お世話になることになったからよろしくね。ええと〜、ラミスちゃんでいいんだよね?」
「うん……それで、どこまで乗っていくつもりなの?」
「森を抜けるまでかな」
ウィンベラが伝えると、ラミスは口をゆがめて尋ねた。
「ええ……? じゃあ、昼間はほとんど一緒に過ごさないといけないってこと?」
「そうなるね〜。ああ、けど別に気を遣わないでいいからね? アタシ、適当にお酒でも飲んで時間を潰してるからさ」
そう言って、ウィンベラはあぐらをかくと、酒瓶を取り出して勢いよく蓋を開けた。
アルコールの匂いが、幌馬車の中にフワッと広がる。
「『気を遣わないでいいから』は、私の側の台詞だと思う。まったく……どうしてクレナちゃんは、こんな妙な人を拾ってきたんだろう」
膝を抱えながらチラリと覗くラミスに、ウィンベラが質問した。
「そういえば、クレナちゃんから聞いたけど、君たち双子で旅をしながらカフェを開いてるんだってね。ずいぶんと珍しい状況だけど、何か大きな理由があったり?」
「別に……。故郷に馴染めてなかった私を見かねて、クレナちゃんが誘ってくれただけだよ」
「そっかそっか〜。優しい妹だね」
妹のことを褒められてラミスの顔から少し警戒感が薄らいだ。
「うん、どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹だよ。なんやかんや言いつつ、私の代わりに色々やってくれるんだ。あんなできた妹、他にいない」
「なるほど、じゃあアタシとほとんど同じだ。アタシもよく、面倒くさいことを部下に丸投げしてるからね」
「いや、そこは一緒にしないでほしい。私は、あくまで身内にしか押し付けないファッションダメ人間。ウィンベラさんは、他人を巻き込む真性ダメ人間。仲間じゃない」
「ずいぶん、エッジの効いた突き放し方するね。とても、初対面の相手に向けてのワードチョイスじゃないよ?」
弱弱しく微笑むウィンベラを無視して、ラミスは言葉を続けた。
「まあでも、世話を焼いてくれる人が近くにいるってのは、それだけで良いものだよね。日々の生活が豊かなものになるよ」
「そうそう。アタシたちみたいな人種にとって、旅の第一条件は『代わりにやってくれる存在』だからね。いやあ~、ラミスちゃんも分かってるね」
「それほどでもない」
「けど、いくら世話を焼いてくれるっていっても、赤の他人じゃあ何か違うんだよね。やっぱり、安心できる身内が一番。アタシも妹に対してそうだけど、ラミスちゃんもクレナちゃん相手じゃないと、しっくりこないんじゃない?」
こう語りかけて、首をかしげるウィンベラ。
ラミスは、そんな彼女の全身に改めて目を向けた。
ボサボサの髪、シワだらけの衣服、抱えられた酒瓶……どこを切り取っても、だらしないといえる、その風貌。
他人の意見に同意することはまずないラミスだが、ウィンベラの発言に対しては嘘を感じなかった。
ラミスが、先ほどより少し穏やかな声色で答える。
「うん……というか、私の場合はクレナちゃん以外あり得ない。クレナちゃんのことは好きだけど、他人は大嫌いだし」
「ほうほう、どうやらラミスちゃんは凄くクレナちゃんっ子みたいだね。ちなみに、具体的にクレナちゃんのどんなところが好きとか聞いてもいい?」
「恥ずかしいから嫌」
「じゃあ、代わりに嫌いなところは?」
ラミスは、やんわりと首を横に振って口を開いた。
「嫌いというほどではないけど、合わないなって思うところはもちろんあるよ。自立がどうのとか言って、無理やり昼間に外に連れ出そうとしたり……中でも、一番ストレスが溜まるのは行動のリズムが違うことかな」
「行動のリズム?」
「うん。私は全体的に、もう少しのんびりしたい。けど、クレナちゃんは何事もテキパキ派だから。思えば、旅の出発も勢いだけだった」
そう呟いて、どこか遠くを見つめるラミスに、ウィンベラが首を傾げて聞き返した。
「あれ、二人が故郷を離れるのは計画的なものじゃなかったんだ?」
「そうだよ。クレナちゃんは騎士の学校に通ってたんだけど、卒業したその日に、いきなり馬車を用意してきて『旅商人になりましょう。あんた、何か作りなさい』って……。私も故郷に居場所がなかったし、何よりクレナちゃんに置いていかれたら一人で生きていける気がしなかったから、とりあえず付いていくことにしたの。もっとも、今となっては私の方が、この生活を楽しんでるかもだけど」
微笑むラミスに、ウィンベラがはっきりと頷いて言った。
「……さっき『代わりにやってくれる存在』の話をしたけど、もしかしたらクレナちゃんはクレナちゃんで、君に依存してる部分があるのかもね」
「そうかな? クレナちゃんに限って、そんなことないと思うけど」
「いやいや、分からないよ。あの子は、ああ見えて……」
「ああ見えて……何?」
「いや、やっぱ何でもないよ。とにかく、アタシがラミスちゃんと話して感じたのは、二人がお互いを大切に思いやってるってこと。これからも仲良くするんだよ」
「ウィンベラさんって、ダメ人間のくせに妙に保護者目線だね。気持ちはありがたいけど、自分の心配した方がいいんじゃないの?」
そう口にして、ラミスは目線を逸らした。
「むむっ……さすがのアタシも、頭にきたよ? 口の悪い子には、お仕置きしちゃる」
ウィンベラが満面の笑みを浮かべて抱きつくと、ラミスはそれを引きはがしながら言った。
「うっ、お酒臭い……。ウィンベラさん、ちょっと離れて」
以降、二人は時々会話をはさみながら、まったりと馬車に揺られ続けた。
チビチビと酒を飲みながら他愛もない話を振ってくるウィンベラと、少し距離を取って最低限の返事のみを行うラミス。
そのうち話す内容もなくなり、いつの間にか二人とも寝落ちした。
そして数時間後、ラミスは差し込んでくる光によって目を覚ました。
いつの間にか、雨音も聞こえなくなっている。
ラミスは、酒瓶を抱えたまま眠るウィンベラを揺すって話しかけた。
「ウィンベラさん、そろそろ森を抜けるみたいだよ」
「う〜ん? ありゃ、本当だ。居心地が良くて、あっという間だったよ。……それにしても、人嫌いと言いつつ割と話し相手になってくれたよね。もしかして、ラミスちゃんも結構、アタシのこと気に入ってくれてたり?」
「いや、ウィンベラさんは人として私以下に思えたから特に警戒心が湧かなかっただけ」
「あっ、そう……。ラミスちゃんは、最後の最後まで一貫してアタシの心に刃を突き付け続けたね」
ウィンベラは、苦笑いを浮かべながらラミスに別れを告げた。
馬車から降り、クレナに預けていた短剣を受け取って一つ大きな伸びをする。
日に照らされ背筋の伸びた彼女は、幌馬車の中にいた時と比べ、いくらか真人間に見えた。
ウィンベラは、クレナにウインクしながら言った。
「ありがとう、クレナちゃん。まさか、こんな所で元教え子に会うとは思わなかったけど、おかげで助かったよ」
「先生の助けになれたなら良かったわ。ところで、ラミスにはちゃんと相手してもらえたかしら?」
「うん、充分過ぎる程にね。それにしても、二人は本当に仲が良いんだね。あれだけの信頼を口にされると、ついアタシも教えちゃいそうになったよ……学校でお姉ちゃんのことを自慢げに話してたクレナちゃんのこととかね」
「ラミスに変なこと吹き込んだら、先生とはいえ怒るわよ?」
「冗談だよ。それじゃあ、今度会う時は、ゆっくりお茶しようね。じゃあ、ばいば〜い」
自身の気の赴くまま、奔放に振る舞っているだけに見えるウィンベラ。
その正体は、クレナの騎士学校時代の恩師。
どこか危うい双子の旅は、こうして陰ながら見守ってくれる大人の存在によって、今日も平穏に続いていくのだった。
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