第4話 力持ち珈琲
その晩、食事を終えた双子は集落の宿でくつろいでいた。
「故郷を離れてから、もう少しで一か月……慣れない馬車旅のせいもあって時間はかかっちゃったけど、なんとか最寄りの集落まで辿り着けたわね」
「うん、最後の最後で火炙りの刑に処されかけたけどね」
「それよ。あんた、二度と変なモノをあたしで試さないでよね」
クレナが冷たい目つきで注意するも、ラミスは何食わぬ顔で尋ねた。
「ところで、クレナちゃんは何か身体に異変はない?」
「異変? 特にないわね。久しぶりにしっかりした食事にありつけたおかげか、いつもより身体に力がみなぎっている感じはあるけど」
「ああ、それきっと異変だよ。私がすり替えておいた夕食後の珈琲の効果が、今になって効いてきたんだと思う」
クレナは数秒間、口をポカンと開けて固まった後、質問した。
「……あたし今、『二度と変なモノをあたしで試さないで』って言ったばかりよね?」
「晩ごはん食べる時は、まだ言われてなかった」
「ああ、これは一本取られたわね……って、なると思う?」
「ううん、ならないと思う。けど、勘違いしないで。私はあくまで、クレナちゃんのためを思って盛ったの。ほら、集落にいる間って物資の調達とか積み荷の整理とかの補給で、力仕事が多いでしょ? だから、力が湧いてくる魔法珈琲の実験のついで……じゃなくて、少しでもクレナちゃんの助けになりたくて」
「あんた、本音が漏れてるわよ。……これって、害のないモノよね」
「もちろん。妹の身体に害をなす珈琲を盛る姉なんて、この世にいるはずがないよ」
前のめりになって否定するラミスに、クレナは眠そうな顔をして答えた。
「だったらいいわ。とりあえず、疲れたから今日は一旦寝ましょ」
「ええ? もう寝ちゃうの? せっかく効き目を試すために、握力測定用のリンゴとクルミとココナッツも用意したのに」
「実験するにあたって、ちょっと面白そうなラインナップ用意してんじゃないわよ。……ていうか、実験て言っちゃったじゃないの。あたし、無意識に実験対象としての立場を受け入れてるじゃない」
「もう、クレナちゃんは本当にワガママだね。まあ、いいや。効果は丸一日くらい持続するはずだし、明日の昼間に色々試してもらえれば。じゃあね、おやすみ」
「なんか、釈然としないわね。どうにかして、この子を懲らしめる方法はないかしら……」
隣のベッドでスヤスヤと寝息を立て始めたラミスを横目に、クレナはため息をついて明かりを消した。
次の朝、目を覚ましたクレナの視界に飛び込んできたのは、テーブルの上に並べられたリンゴとクルミとココナッツ。
いつから起きていたのか、待ちくたびれた様子のラミスが、ベッドの脇からクレナの顔を覗き込んで言った。
「おはよう、クレナちゃん。朝ご飯はテーブルの上の三つだよ」
「それ、朝ご飯という名の実験じゃないのよ。朝からそんなに食べられないし……と、それよりも一晩寝たら、あたしにもちょうど良い珈琲の効き目の確認方法が思い浮かんだのよね」
「へえ、それってどんなの? ココナッツを素手で握り潰すより、インパクトの大きいこと?」
「見た目でいえば、ココナッツを握り潰すよりもインパクトはあるわね。……今日一日、あんたを担いだ状態で補給を行うわ」
そう告げて、ベッドから起き上がり、ジリジリと壁際へラミスを追い詰めるクレナ。
ラミスはぺたんと床に尻餅をつき、両肘を抱えて叫んだ。
「嫌だ! 私、そんな辱めを受けるために珈琲を淹れたんじゃないよ!」
「ただでさえ力負けするのに、こんな珈琲を盛ったのが運の尽きよ! ほら、辱めを受けたくないなら、ちゃんと自分の足で歩いて補給を手伝うことね!」
「ヤダヤダ! 私は、バリスタとして、珈琲を淹れる以外の仕事はしないって決めてるのー!!」
その日、集落ではクレナがラミスを引きずって歩く姿が、あちこちで目撃されたという。
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