第2話 クレナの珈琲
選んだ豆を焙煎し、粉状に挽いて抽出する……。
双子のカフェにおいて、それらバリスタの役を担うのはラミス。
しかし、いざという場合に備え、合間を縫ってクレナも珈琲を淹れる練習を行っていた。
その日の昼過ぎ、双子がのんびりと食後の珈琲を楽しんでいた時のこと。
「あたしの淹れた珈琲って美味しい?」
本日の珈琲を担当したクレナが尋ねると、ラミスは動きを止めて答えた。
「……クレナちゃんの珈琲、嫌いじゃないよ?」
「『美味しい?』って尋ねて『嫌いじゃない』って返ってくるのは、そういうことじゃない。つまり、あたしの珈琲に何か思うところがあるんでしょ?」
「たしかに、クレナちゃんの珈琲って、いつも微妙に焦げ臭いなとは思う。あと、同じ豆から淹れてるはずなのに、日によって味も違うよね。それに、十回に一回くらいの確率で、飲んだあと頭痛に襲われるのも凄く興味深い。それと――」
「分かった。もういいわ。一つ尋ねたら、十も二十も返ってきそうな勢いじゃないのよ。はあ……それにしても、あんた一体どこで珈琲の淹れ方なんか覚えたのよ。旅に出る前は、ティーバッグで淹れてる姿すら見たことなかったのに」
「そういえば、見せたことなかったね。実は私、魔法で珈琲を淹れてるの」
そう答えて、ラミスは両手のひらをクレナに向けた。
何の変哲もない、ただの手……けれど、熱を放っているようで周囲に陽炎が見えた。
手のひらに珈琲豆を乗せると、火花を散らしながら数秒で艷やかな黒色に変化する。
クレナは、それをまじまじと見つめながら言った。
「馬車の中で器材もなしに、どうやって珈琲を淹れてるのか気になってたけど、まさか魔法でこんなことが出来るなんてね。これって、豆も特別な物なの?」
「ううん、豆は関係ない。生の珈琲豆をさっきの方法で焙煎したら、出来上がった時には魔法の珈琲豆に変化してるの。私の思いつき次第で、味を変えずに色々な効果の珈琲豆を作ることができるんだよ。ちなみに、掴んだ豆を手の中で挽く魔法も使える」
「何よ、その珈琲に特化した魔法のラインナップは。あんた、珈琲豆に恨みでもあるの?」
こう問いかけながら、顔を引きつらせるクレナ。
そんな彼女をよそに、ラミスはため息をついてから呟いた。
「ただ、抽出だけは魔法でどうにもならなかったから、おとなしく紙のフィルターを使ってる。手から水を生み出す魔法は私の適性じゃなかったみたい」
「それは、むしろなくていいわよ。握り拳から黒い液が滴り落ちてくるとか、手汗がヤバい人みたいで気持ち悪いし。……けど、なんやかんや言っても羨ましいわね」
クレナが物欲しげな視線を送っていると、ラミスはゆったりと頷いて告げた。
「最初にも言ったけど、クレナちゃんの珈琲が嫌いなわけじゃないからね? これは、本心だから」
「あんたが、そう言ってくれるのは嬉しいわよ? けど、あたしもまともな珈琲を淹れてみたいし……」
「うーん……じゃあ、材料の方に拘ってみたら? 良い材料を使ったら、クレナちゃんの腕でもプラマイゼロくらいにはなるんじゃない?」
「結構、辛辣なこと言ってくれるじゃない。けど、それで並の珈琲が淹れられるなら悪くない案だわ。その案、採用よ」
胸の前でグッと拳を握るクレナに、ラミスは目を合わすことなく静かに伝えた。
「じゃあ、早速クレナちゃん専用の珈琲豆を準備するね。とりあえずユニさんの所に桶を二つ運んで来てくれる?」
「なんで、珈琲を作るのにユニさんが必要なのよ。それに桶って?」
「なんでって、ユニさんから珈琲の原料を採取するんだよ」
「ユニさんから珈琲豆を……?」
「ああ、見たくなければ見なくていいよ。桶さえ用意してくれれば、後は一人でやるから」
そう口にして、ラミスはユニコーンに近付いた。
そして、クレナが運んできた桶を受け取ると、片方に珈琲豆を注ぎユニコーンの口元へ。
もう片方は空のまま、ユニコーンの股下に滑り込ませた。
様子を眺めていたクレナは、ふと何かに気付いたかのように目を見開くと、顔を青くして叫ぶ。
「いやいやいやいや! それはダメでしょ!? えっ、まさかそういうこと!? あんた、将来的に妹の代名詞となるかもしれない珈琲を、なんてモノから作ろうとしてんのよ!!」
「クレナちゃん、知ってる? 高価な珈琲の中には猫の――」
「聞きたくない! 聞きたくないから! だいたい、ユニさんにそんな芸当できないから!!」
姉の口から明かされた、知りたくない事実。
以降、クレナはしばらくの間、ラミスの淹れた珈琲に対し警戒した視線を送るようになったという。
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