白石多江

Beginning

* Beginning


 これは夢の話だ……


 わたしは定められたようにそこへと向かっていた。近所の空地。わたしの家からは100メートルほどの場所にある。そこに、数人の男女が集まってゲームに興じていた。


 空は不気味な灰色で、いちめんの雲に覆われている。わたしには、たしかに不吉な予感があった。そして、それが何なのかを知らなかった……。


 教えてくれないでも良い。もし、教わってしまったら、わたしは怖くて逃げだしてしまっただろうから。


 4人の女性、そして男性が1人混じっていた。(ゲームをする女? 珍しい)──そんなことをわたしは思う。でも、夢のなかでは違和感がない。


 その表情(女たちの表情)に、わたしは怖さを感じた。聞くと、それは最新のFPSゲームだと言う。FPS? そう、ファーストパーソン・シューティング。


 雨ざらしの筐体(どこかから盗んで来たものだろう)。4人がけで並んだ席。その画面には、敵を打ち砕く兵士の姿が映っている。そして、画面の奥で発火し、爆発する閃光。そんな野蛮なゲームに、女たちはゲーマーというよりも、狩人か何かのように目を据わらせて、必死に仮想の弾丸を打ち込んでいる。


「面白いの?」と、わたしは聞いた。

「いいから、あんたもやんなよ」

「リセット。一から」


 男はただ、にやにや笑っていたのじゃないかと思う。女の1人が筐体の側面をこじあけて、かちゃかちゃと指で何かをいじる。そう、それでクレジット完了。


「お前はあっちだ」と、わたしは一つの席に押し込められる。


女たちは次々とコントローラーをゲーム機に差し込んで、ゲームをプレイし始める。血走った目。ずっとこのゲームをプレイし続けているのに違いなく。


 なぜ、こんな曇天の下、野外でゲームなどしているのか? 電源はどこに? そんな疑問は一瞬だった。わたしは、わたしの手にしたコントローラーがなかなか筐体につながらないことを知り、焦る。──その間にも、彼女たちはまるで仕事か何かのように一心に敵を狙い撃ち続ける。


(そう。この時気付いていれば良かったのだ……)


 女たちのなかに、髪を金色・五分刈りにしているのが一人。まるで男の子のように見えた。ちらりと、こちらを見やる。


「ああ、もう、ゲーム・オーバーだぜ!」と、次々にゲームから脱落していく、女たち……。男は、ふと鈍い色の空を見上げた。


 はじかれたように、4人の女は立ち上がった。4人? そう。男の姿は消えていて、わたしは5番目のプレイヤーだったはずなのに、なぜか彼女たちとともにプレイしていた。疑問は、わたしを混乱させるが、混乱に翻弄されることもなく、わたしはにっこりと微笑んで彼女たちを見やる。


「行くか?」と、リーダーらしい女が言った。

(どこへ?)


 しかし、4人の女の誰もが疑問を感じていないらしい。時は夕刻を過ぎていて、そろそろ夜の帳が訪れそうな気配だった。いつか、雨になるのかもしれない。


「行くよ!」


 有無を言わせぬ口調だった。残り3人の女たちが、ゆっくりとこうべを下に向ける。沈鬱な表情──嘘? 何、それ?


 わたしたちは、わたしが運転する自動車で街へと繰り出して行ったのだった。わたしには、わたしたちの行く先がどこなのか分かっているようでもあり、全く未知のようでもあった。


ただならない戦慄の気配と重苦しい空気を……わたしは怖れていた? いえ、違う。わたしは楽しんでいたの。


 五分刈りの女が、助手席からわたしの髪を撫でた。わたしは、なぜか嬉しく感じる。


 そこは……この街の駅からもほど近い、旧市街の一部。すでに見知っていたはずの場所は、しかし、見知っていた場所とは違っていた。


 貨物線のターミナル駅のように、広く取られた土地。頭上からは、煌々としたライトの明かりが照らしこんでいる。野球場かサッカー場ほどの面積もある敷地。いや、もっと広かったか……


(人を殺すゲームに興じる女たち。すこし怖い)と、わたしは思った。


 しかし、リーダーの一声で、わたしは意識を通常に戻す。


「そこを左ね」


 見れば、カジノらしい、大きな看板が立っていた。(そうか、ここへ来たのか)──カジノではなく、それは大規模なゲーム・センター、ありとあらゆる娯楽がそろった娯楽施設だったが。


 女の言う通り自動車を運転するが、入り口が見つからない。入口? と思った場所へ入って行こうとすると、即座に警備員に制止された。


「なんだ! ここは入口じゃない! 別の場所を探せ!」

「別の場所って、どこ?」

「知らない! 自分で探せ!」


 激しい口調。まるで、わたしが悪者か何かのようだ。リーダーはふふんとした表情をしていた。通過儀礼なのだろう。そこは、施設からの出口で、まばらに1台2台、そこから出て来る車があった。


 わたしは、従順にハンドルを切る。施設の裏手は住宅街に接しているようで、いたって静かな雰囲気だった。わたしは迷いながら自動車を走らせる。本当に、倉庫か何かのよう……。


 わたし以外の4人の女は、脱走兵か何かのように押し黙っていた。この日の暗い曇天がそうさせるのだろうと、わたしは思っていた。やがて、元来た道に近い場所に出る。


 そこが入口のようだった。


 しかし、違う。すぐに警備員が現れて、わたしたちを制止する。


「ここは入口じゃない! 入り口を探せ!」

「じゃあ、どこなのさ、入り口って?」


 女の1人が、本当はよく分かっているはずなのに、何も知らないかのような口調で、警備員に聞いた。わたしに気を遣ってのことなのだ。あるいは、わたしを利用しようとしてのことなのだ。<もめ事を起こしたくない>──そういうことであれば、納得できる。


 やがて、わたしたちは施設の内部へと通じる道にたどり着いた。しかし、入り口を示す看板など、どこにもない。わたしたちは倉庫のなかへでも入っていくかのように感じた。少なくとも、わたしは。


 煌々とした明かりは消え失せ、薄暗い、ほの暗い、迷い道のような場所で、わたしはゆっくりと自動車を進ませる。それほど、この施設は広いのだ。IR法でカジノを、という話を聞いたことはあっても、わたしはかつてこんなに広い建物に足を踏み入れたことはなかった。


 突然、目の前の視界が開けた。そこはブティックのような店で、女の子向きの、あざやかな、色とりどりのドレスが並んでいる。ボーイッシュ向けの短パンなんかも。


 その隣には、カラフルなガムやキャンディーの自販機とともに、子供用の駄菓子を売る店。(そうか、ここはゲーム・センターなのだ)なんて、わたしはのんきなことを思う。その異様さには気付かずに。

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