二章 或る中年男性の追憶

 アルギニーが死んだ。


 昔からの親友の、あいつが死んだんだ。


 あいつは牧師をしていて、神に背く自殺なんてするはずがない。


 もしアリーナの後を追ったのだとしても、いくらなんでも遅すぎる。


 あいつが死んだなんて、ましてや自殺だなんて俺は信じない。


 葬儀の最中、俺はあいつとの思い出を……あの楽しかった日々を、そしてその終わりを想っていた。


 あれは十年くらい前のことだったか、あいつに恋人ができた。


 あいつはいい奴だったし、顔も悪くなかったが、学生時代から何故かモテなかったので、急なことに俺は驚いた。


 今思えば、友達がちょうどいいくらいの奴だったのかもしれないな、あいつは。


 その恋人……アリーナ・マルコフはすげぇ優しくて……他人のことを理由なく助けることができる、まさに聖人みてぇな奴だった。


 アルギニー……あいつも人助けをよくしていたな。


 まぁ、お似合いのカップルってとこだろうよ。


 あいつらは……出会いについて話してはくれなかった気がする。


 だから俺はあいつらの関係については何も言えないが、すげぇ仲がよかったってのは確かだ。


 俺はあいつとよく遊んでいたが、あいつらが付き合い始めてからは遊びにアリーナもついてくるようになった。


 それからの一年間はもう……最高だった。


 俺もアリーナと気が合ったし、今まで二人だったのが三人に増えたんだ。


 もっと楽しくなるのなんて当然の話だろ?


 三人で映画見に行ったり、BBQしたり、ホームパーティーしたり……とにかく俺達は楽しい時間を過ごしていたんだ、あの日までは。


 アリーナが、自殺した。


 俺もあいつも信じなかったさ。


 昨日まで俺達と笑い合っていたアリーナが、死んだんだ。


 ましてや自殺なんてありえない。


 そうだよ、ありえないんだよ!


 ありえないんだ。


 いや、流石にもう現実は受け入れたさ。


 十年の月日が、俺に受け入れる時間をくれた。


 アリーナが死んでから、あいつは孤児院を立ち上げた。


 自分の手でできるだけ多くの人間を救わなければいけない、ってさ。


 無駄に広い教会の空き部屋に子供たちを住まわせ、庭にいっぱいの紫苑を植えて……その庭にアリーナを埋葬した。


 紫苑の花言葉は、『追憶』『あなたを忘れない』『遠くにある人を想う』だそうだ。


 いつでもアリーナを思い出せるように、アリーナを偲ぶためだけの場所としてあいつはその庭を作り上げたんだろう。


 あいつは残される側の気持ちをわかっていたはずだ。


 あいつは俺を残して死んだりはしないはずだ。


 あいつが自殺なんてするわけがないんだよ!


 棺を眺めながらそんなことを思う。


苦しそうな顔のままでいるあいつは、アリーナの隣に埋められる。


 自殺をした奴は天国に行けない、なんてあいつは言っていた。


 あの二人に会うために、俺は天国になんざ絶対に行けなくなっちまった。


 家に帰ったら、遺書でも書くか。

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