20150225
この国はもうだめだから逃げ出そうとしたけど、トラックから放り出されて転げ落ちた。電柱と壁に挟まって死んでる仲間や、車の下敷きになってる仲間を見ながら途方にくれた。 時間が経つごとに自然が育って、仲間の死体すら崩れ、周りは赤っぽい土と緑ばかりになった。私は壁沿いの細い塀の上に、しがみ付くように座っていた。
ひたすら塀の上にいた。
時間の感覚がなくて、一瞬だったようにも何百年経ったようにも思ったし、その間ずっと一人だった。もう日本に人間はいないと思っていたのに、突然、左手の開けた道から赤っぽい人間が何人か、私の様子を伺っているのが見えた。自分とは違う人種に得体が知れなくて怯え、身振り手振りで追い払おうとした。
そのうち近寄ってきた彼らに塀の下からとはいえ囲まれて怖かったし、彼らが何を言っているか分からなくて、手を振りかざしながら「NO」と叫んだ。するとその人達の動きがピタッと止まる。
「Can you speak English?」
たしかにそう聞かれた。英語が通じたことに驚いて、ろくに話せやしないのに、恐怖を忘れてうんうん頷いた。意思疎通ができる生き物に出会えて嬉しくて、死ぬほど安心した。もう何も残ってないと思ったから、情けないほど必死になって自分は日本人だと伝えたし、いつぶりかに塀を降りて、泣いた。
彼らの車に乗せてもらった。その間に拙い英語で話を聞くと、私が縮こまって怯えていたここはもう日本ではないらしかった。日本という国は長いこと前に災害で滅びて、日本人は欠片も残さず死んだ。そう思われていたから、日本について知っている人も少なかった。そうか、もうあそこは日本じゃなかったのか、と思った。
彼らの住居はボロボロになった高い建物の一室で、血筋も関係ない五、六人が協力して生きていた。男も女もいた。私に苺をくれた。そこにいた時、地震が起きた。日本では何度も経験したし、大して慌てることではなかったけれど、彼らは大いに慌てた。地震なんてほとんどないという。建物が崩れたら困るので、降りて車に乗り移動した。
日本が存在していると聞いた。
かなり小さな規模になって、北のほうに残っているという。行きたいと言うと、同い年ほどの女の子が案内してくれた。電車に乗るらしい。電車には屋根がなく、平地を走るジェットコースターのようだった。
「ありえないほどよく揺れます。絶対に手すりをお持ちください」
という車内アナウンスが聞こえる。雑草に覆われた田園跡と、廃墟と化した住宅の細い隙間を縫うように線路は敷かれていて、曲がりくねった道を進む電車は確かによく揺れた。
しばらくすると広い場所に出て、そこは災害が起きたみたいに何もなかった。人工物だけ綺麗に取り除かれた関東、という印象だった。
「どこを見ても開けてて、何もかもが見えるなんてすごい。はじめて富士山を見た」
ものすごく美しい景色に何もかもを許せた。富士山は太陽光で青と黄色に煌めいて、山肌の凹凸の陰影が際立って見えたし、反対を向けば名前も知らない山脈が桃色に光っていた。視界の全てが輝いている。朝焼けの中にいる。案内してくれた子が「もうすぐ今の日本だよ」と英語で言う。
次第に辺りの景色が近未来のようになった。建物から生えた白く丸いフォルムの筒状の道路に車が吸い込まれていくのが見えた。まるでSF映画やアニメで見た世界だ。私たちの乗っている電車のレールがそのままビルの壁に続いていて、本当にジェットコースターのように加速する。ものすごいスピードで壁を垂直に登り、ビルを飛び越えて宙に浮いた。線路はない。重力に引っ張られて、電車ごと背中から地面に落ちていく。死ぬと思ったのに、電車が突然球体になって、私たちは宙に浮いた球の中で一つになった。すべて混ざって境がなくなる。意識が薄れて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます