第10話 特務課

この日、授業は中止になった。昼過ぎには警察が現場検証に来る予定だ

 怪我人といってもかすり傷程度だが医療班が先に駆けつけて治療を行っている

 ひじりや探求科の生徒達は、治療後に警察による事情聴取が待っているのだ。関係のない生徒達は休校になったので、帰宅することにはなっている


そんな中、アルキは屋上への扉を開ける。目的はいつもこの場所にいる少女「百地杏子ももちあんず」だ


「よう!今日も持って来てやったぞ」

「――!ま……マジ?いいの?そんな、いつもはいいのに」

 杏子はそう言うが、アルキはエッグサンドの入った袋とパックのいちごミルクを渡す

 受け取る杏子は目を輝かせて中身を確認すると、食欲がそそられたのかお腹が鳴り、恥ずかしそうに笑って誤魔化している

「あ……ヘヘへ」

「全部食っていいぞ。ついでに飲み物も買って来た」

「わぁ!気が利くぅ〜しかもチョイスかみ!」


「それと食ったら「antenna アンテナ」に行ってろ。俺の教え子って言ったら良くしてくれるから。ああ、安心していいぞ!マスターは女性だから……一華いちかっていう美人がいるからな。それと……」

「ちょ……ちょっと待って!どういう事?学校は?」


「さっきの事件は知ってるよな?」

「……うん……ポルターガイストってやつだよね!クラスの子からグループチャットで聞いてるけど……」


「警察が現場検証に来る。おそらく「特務課」が来ると思う」

「「特務課」?……」

「ああ、「特務課」は怪異な事件を取り扱うんだ。基本的には傷害や殺人を捜査するんだが危険と判断された「兎角」を拘束する権限も持ってるからけっこう荒っぽい連中も多い……杏子あんずは参考人になりやすい環境にいるから念のため避難しておいてくれ」


「ポルターガイストはわたしじゃないよ!」

「分かってる……だが「特務課」は状況証拠とかでも簡単に引っ張るらしいからな」

「状況証拠って……わたしの環境と授業に出ていない態度とかってこと?」

「……まぁ……そんなとこだ」

 

「……アルキはどうしてわたし達にそこまでしてくれるの?亜里珠ありすの時もそうだけど、副顧問だからってだけじゃ納得いかないよ!頭がいいから、いろんな事知ってるのは分かるけど」

 

「呼び捨てかよ……まぁいいけど……う〜ん、ひじり亜里珠ありすにも言ってるが「探究科」の副顧問じゃ納得しないか?」

「うん、そんな人初めてだもん」

「そうか……まぁお前の場合はとくに放っておけないな」

「――えっ?そ……そうなの?」

 杏子あんずは少し頬を赤らめて恥ずかしそうにクネクネしている

「おい、勘違いするな!俺と似てるからってことだ」


「――似てる?あぁ、そっかぁ……アルキもわたしくらいの時に両親が居なかったってことかな?……気持ちが分かるってことだ!」

 杏子はエッグサンドを美味しそうに食べ始めるとアルキを見て明るく言う。頬張るエッグサンドで感情を自らの感情を押し殺す……自分で言っておきながら、そうするしかないのだ

 

 強がったその表情は決して崩さないように


 油断をすると泣いてしまいそうだから

 

 笑顔でほんの少し前を思い出す


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 高校入学したばかりの杏子あんずには、友達がいなかった。猛勉強して入ったこの修徳高校には中学からの友達は、全員合格出来なかったのだ


 父親は仕事が忙しく母親は専業主婦だったので、ほとんど母親と過ごす事が多かった

 しかし杏子は、仕事が忙しく家族の時間をあまり作れない父親のことも大好きだった


「おかえり〜!今日お父さん早いんだね!」

「ただいま!ふっふっふっ、杏子が受験頑張ったからなぁ!俺もなるべく早く仕事を終わらせるように頑張っていこうと思ってな!」

「おかえり〜ホントに早いね!忠宏ただひろさん」

「ただいま、聡子さとこ


「二人とも!お父さんは、これから家族の時間を作れるように頑張るんで!よろしく」

 忠宏は笑顔でサムズアップする

 

「えぇ?別にいいよ、もう高校生だし」

杏子はそう言うと、リビングのソファでスマホをいじり始めたが、俯く表情は少し緩む

 

「――え!?……杏子……そんな……そっけない」

「ふふ、杏子は照れてるだけと思うわよ!」

「ホント?くぅ……思春期だもんなぁ」


「そういえばクラスには馴染めたか?なんせあの「探求科」だもんな〜天才ばかりだろ?」

「う〜ん、みんな全然普通だよ!試験は多いけど……あっ、そういえばこの前の試験、わたし2位だよ!」

「――なぁに〜!に……に……2位?……うちの娘はどうしてこんなに優秀なんだ!おい聡子!杏子が2位って!」

「もちろん知ってるわよ、ふふふ」


「杏子……お前はなんて親孝行なんだ……」

「もぅ〜泣かないでよ!そんなのいいって」

「うう……ご褒美は!?……ご褒美は何がいい?」

 忠宏はすがるように杏子の側に座る


「ちょっと!お父さん!……子供じゃないんだから!」

「ご褒美を俺にあげさせてくれ!杏子!」

「貰ってあげたら!お父さんらしいことしたいのよ」

「頼む!」

「……もぅ……じゃあ……みんなで旅行でも行く?」


「「――!」」

 忠宏と聡子の息が詰まる。杏子は欲しい物ではなく、家族で過ごす時間と思い出を作ろうと言うのだ


 みんなが喜べるモノを選ぶことが出来る娘に育ってくれて、二人は胸がいっぱいになった

 炊事場にいる聡子はそっと涙を拭い、杏子の隣に座る忠宏は大人げなく号泣している


特に裕福な訳ではない

 

友達に自慢出来るような、大それた事業をやっている父親でもない

 

もの凄く美人でスタイルのいい母親でもない


だけど杏子は、お互いを思いやるこんな優しい家族の事が大好きだった

 

家族といる時はとにかく安心出来る。家にいると考えなくて済むが、学校に行くとどうしても考えてしまうことがある……友達がなかなか出来ないことだ

 みんなの仲が良くて輪に入りにくいというわけでもなく、ただ皆、それぞれが様子をうかがっているのだ

 

 きっかけがあれば友達なんてすぐに出来る。そう思いつつ、一カ月が過ぎた頃、メガネの女の子が話し掛けてきた


百地ももちさん……移動教室まで一緒に行かない?」

「――えっ!わたし?……嬉しい……伊倉いくらさんだよね!」

「うん、わたし人見知りでずっと勉強しかしてこなかったから、ずっと話したかったんだけど、百地さんに声を掛けるまで一カ月かかったの……」

「伊倉さん、ありがとう!わたしなんて一カ月間、業務連絡以外誰にも話しかけてないよ!だからわたしのほうが人見知り」

「ふふふ、何それ!」

「へへへ、よろしくね伊倉さん!」

「うん!よろしく百地さん」


 二カ月が経った、探求科の生徒達の間でイジメなどは無く、お互いが切磋琢磨し合いとてもいい「探求の場」となっていた。ある事件が起きるまでは……


うめ!今日の模試どうだった!」

「……杏子ぅ……わたし終わった……」

「えぇ?最近めっちゃ上がってたじゃん!」

「うう……杏子との地頭じあたまの差が……」

「いや〜地頭でいったらひじりだよね!アイツ勉強してなさそうなのに全国模試で毎回TOP10だよ!頭おかしい」

「たしかに!」


「誰の頭がおかしいって!」

「うわぁひじり!いたの?」

「教室だからいるだろ!杏子あんずうめが僕の悪口言ってるってまいから報告入ってるぞ!」


「あ〜!舞ぃ〜!チクったなぁ!」

「キャ〜!ごめんって杏子〜!」


 探求科をまとめているのは八神聖やがみひじり。始めの頃はギクシャクしていたクラスは、聖の気遣いもあり、いつの間にか一致団結したクラスへとなっていた。




「梅!昨日はどうしたの?急に休んだりして、体調でも悪い?」

「……ううん……大丈夫……ありがとうね、杏子」


 うめは少しずつ学校を休むことが多くなった。顔色も悪く、もともと痩せている身体がさらにやつれたように見える

 

しばらく経っても梅の様子は変わらず元気がない

「……梅……悩みがあるんじゃない?」

「……杏子……うちね……再婚したの……でね新しいお義父さんがね……う……うう……」


 梅は義理の父親から虐待を受けていた


 内容は深く聞くことが出来なかった。梅があまりにも憔悴している様子だったので、杏子はただ側にいることしか出来なかったのだ


 クラスメイトにも打ち明けられない。杏子が相談所に行こうと説得するが、うめおびえて、それは出来ないと言う


「……わたしがちゃんとすれば大丈夫だから……杏子あんず……杏子は側にいてくれるだけで心強いよ……」

「梅……」

杏子あんずひじりに相談出来ず、どうしていいか分からなかった

  

 少しでも気に食わないことがあると殴られる、家の中では失敗は許されない

 自分の失敗で自分が殴られるなら、まだ我慢できる。だが母親が殴られるのを見たくない。

 うめのストレスが極限に達した時、深い闇の中で彼女は「何か」に触れた気がした

 

暗黒物質ダークマター」を「観測」したのだ


 人が消える


 廊下を歩く生徒達が忽然と姿を消す


「学校の七不思議」……「霊界への誘い」の始まりだった

 

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杏子あんずは、アルキの優しさに触れて少しだけ前のことを思い出していた

 

 あの時にこの人がいてくれたら……

 

「気持ちが分かるとまでは言えないけどな、俺は杏子のように「思い出」を持っていないから……だから俺なんかよりお前のほうが、余程つらいと思うぞ……今の家は居づらいか?」

 

「……う〜ん……凄く良くしてくれて優しいよ……でもそれがツラい時があるだけ……」

 杏子は涙を流さない。ただただ、淋しい表情でそう答える

「……そうか」

「うん……アルキは佐倉先生と付き合いたいの?」

「まぁな……俺の目標は「未来の伴侶」を探す事だからな!もう32だし……うう……やばい。歳って改めて考えたりしたくないよな?」


「じゃあさ!わたしが「未来の伴侶」になってあげようか!」

「断る!ガキに興味は無い。犯罪者にもなりたくない」

「えぇ!?2年くらい待ってよ!」

「そんなに待てん!34になるじゃないか!」

「そんなもん、たいして変わんないわよ!しかもわたしなんてピチピチの若さだよ!」

「いや〜若さよりも、もっとこうセクシーな色気というか……って言わすな!」

「ハハハ!アルキって頭良いのになんかアホで好き!」


「ふっ……エッグサンド食ってる時以外で初めて笑ったな、それでいい……若い時はとくにたくさん笑え、怒れ、泣け!人と関われ!……一人で考え込むなよ」


「へへへ……アルキってめっちゃいい奴!……じゃあ「antenna アンテナ」行って待ってる!」

「おう、俺の名前出せよ」


 「はぁ〜い」

少し俯きがちだった杏子の顔はわずかに上を向いて歩いているようにも見えた

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