vol.20 とある因縁



   [Ⅰ]



 アレングランド城を後にした俺達は、ジェニアの酒場へ行き、そこで旅の打ち上げとなった。

 酒場内は日が暮れた事もあり、大賑わいであった。

 ガサツな冒険者達の笑い声が、至る所から聞こえてくる。

 また、以前来た時と同じで、人種や種族も様々であった。

 まさに、ファンタジーRPG世界風の冒険者の酒場である。

 そんな喧騒の中、俺達のテーブル席に、注文した料理と酒が次々と運ばれてきた。

 そして、それらが出揃ったところで、ファレルさんはビレアを片手に立ち上がったのである。

 ちなみに常温発泡酒のビレアは、金属製の馬鹿でかいコップに入れられている。

 サイズは大ジョッキクラスのモノだ。


「よし、では料理と酒が揃った事だし、祝杯といこうか。長い間、色々と大変だったが、依頼も無事達成できた。これも皆のお陰だよ。特にエイシュンさん、貴方の力が無ければ、依頼達成は非常に厳しかっただろう。これからもよろしく頼むよ。さぁ、今日は俺の奢りだ。楽しんでくれ!」


 ファレルさんは上機嫌だった。

 聖なる剣をアレングランド王から賜ったのが嬉しかったのだろう。

 さっき聞いたが、あのグラムドアという聖剣を賜るのは相当な信頼の証らしい。

 とはいえ、その剣を国王からではなく、騎士団長から渡されたというところに、奇妙な違和感を覚えた。

 さっき騎士団長は「アレンの誓い」とか言ってたが、やんごとなき事情があるに違いない。

 気にはなるが、あまり深く詮索はしないでおこう。


「へへへ、今日はファレルさんの奢りか。やったぜ。おまけに、今回は俺も結構な稼ぎを得られたから、良い冒険だったよ。あの剣売ったら、3200グランにもなったしね」


 リンクはホクホク顔であった。

 ブランドという探索者の剣は、結構な高値が付いたようだ。

 まぁとはいえ、有名人の剣らしいので、そこが気掛かりであった。

 後で面倒にならなきゃいいが……。


「ええ! そんなになったの? あんな薄汚れた剣なのに……」

「そうなんだよ、ミュリン。街に着いてすぐ、オスギュリアの鑑定師に見てもらったらさ、ファレルさんやサリアが使ってるローアンの剣と同じで、魔法の錬成銀が使われてるみたいなんだよ。良いお宝を見つけられたぜ」


 ローアンの剣……この国ではなかなかの業物という位置づけの剣らしい。

 なんでも、魔力を籠めると切れ味が少し上がる魔法剣のようで、一線級の冒険者や騎士達が愛用しているそうだ。


「へぇ、そうなんだ。あんなに汚かったから、安いのかと思っちゃった」

「ファレルも言ってたけど、掘り出しモノのようなんだ。残念なのは、鎧とか盾を回収できなかった事だなぁ。依頼の為とはいえ、惜しい事をしたよ。一応、あの辺りに隠してはおいたけど、次に行くまでに誰かに取られてるかもなぁ……」


 リンクは残念そうに目尻を下げ、溜息を吐いた。


「ちょっとリンク、今日はそんな言い方しないでよ。アルミナさん達もあんな事になってたんだし」


 サリアは不満げにそう零した。

 まぁわからんでもないところである。


「悪い悪い、サリア。でも、俺はお宝探しが本業だからね。そこは勘弁してよ」

「んもう…リンクったら」

「まぁいいじゃないか、サリア。理由はどうあれ、俺達もリンクには世話になってるんだ。そこは理解しないとな」

「はいはい、わかったわよ。兄さんは本当にお人好しなんだから……」


 サリアじゃないが、ファレルさんは正義感が強く、本当に人が良い。

 これがゲームならば、主人公にピッタリなキャラである。

 まぁそれと同時に、馬鹿を見るキャラでもあるが……。


「流石、ファレルさん。話がわかる。それはともかく、爪痕内にはまだまだ魔物のお宝も眠ってるだろうから、また近々行きたいねぇ。エイシュンさんという凄い仲間もいる事だし」


 リンクは根っからのトレジャーハンター気質のようだ。

 これがコイツのモチベーションなんだろう。

 というか、コイツは俺を宝探し要員とでも思ってそうである。

 一応、釘を刺しておこう。 

 

「おいおい、俺をアテにするなよ。言っておくが、俺はお宝とかあまり興味ないんだからな」

「え? そうなの? でも、依頼の報酬とか沢山要求してたじゃないか」


 誤解されてるので言っとこう。


「ありゃ、当面の生活費が必要だったからだよ。俺はこの世界……じゃなかった、この国に来て日が浅いんでな。それが理由だ」

「そういや、そんな事言ってたね。ところで、エイシュンさんって一体何者なんだい? 爪痕内で休んでた時、この国に迷い込んだって言ってたけど、あの戦いぶり見てたら、只者ではない気がするよ。それにサタの事も気になるし……」

「リンクの言う通りよ。私もずっと気になってたわ」


 他の皆もその言葉にコクコクと頷いていた。

 また面倒臭い話題になりそうである。


「本当よね……私も、エイシュンさんの戦い方を見て凄く驚いたもの……一体、何者なの?」

「私も気になっております。戦いの腕だけでなく、その心構えや豊富な知識も、一般の冒険者とはとても思えませんから……」

「俺も同じだよ。それをずっと考えていた。こういう場だし、是非訊かせてもらいたいな。貴方は一体何者なんだ。それと、その喋る……いや、そこにいるサタの事も気になるんだよ。この辺ではあまり見ない猿なんでな」


 ファレルさんは言葉を選びながら訊いてきた。

 干物野郎を倒した後、黙っていてほしいとお願いしたからだが、やはりそこは気になるのだろう。

 しかし、話すかどうか悩むところだ。


(さて、どうすっかな……霊的なモノが秘匿とされてない異世界だから、本業を話したところで大丈夫だとは思うが……とはいえ、変に誤解されるのも困るんだよな。まぁいい……とりあえず、元の世界での事は伏せて、それっぽい事でも言っておくか……)


 というわけで、俺は少しフェイクも混ぜ、事実を話す事にした。


「俺が何者か、か……そうだねぇ、まぁ簡単に言うと、悪魔祓いを生業なりわいとしている者かな。で、サタはその相棒ってところだよ」

「悪魔祓い? という事は、グランディス教の司祭みたいな事をしているのか?」


 ファレルさんは意外そうに俺を見た。

 宗教家のように思ったのかもしれない。


「さぁ、それはわかりませんよ。俺はそもそも、グランディス教を知らないのでね」

「え? グランディス教を知らない?」


 すると、皆はポカンとしながら俺を見ていたのである。

 どうやらこの反応を見る限り、ここに住む者ならありえない事なのだろう。


「グランディス教を知らないなんて……という事は、海の向こうにあるアメノマナカツクニから来たばかりなのか?」


 またこの名前が出てきた。

 非常に気になる名前だが、嘘を吐くと後が面倒だ。

 とりあえず、否定するとしよう。


「ファレルさん……実はその国も知らないんです。だから俺も困ってるんですよ」

「アメノマナカツクニを知らない……じゃあ、貴方は一体どこから来たのだ? 俺はてっきりアメノマナカツクニに縁のある者と思っていたんだが……」

「私もよ」

「私もですわ」

「俺も」

「私もそう思ってた。違うんだ……」


 皆は何とも言えない表情で俺を見ていた。

 これは要らん事を言ってしまったかもしれん。

 

「アメノマナカツクニじゃないのか。だとすると、どこから来たんだ? 隣国のシュマイアか?」


 これは長引かせると面倒だ。

 とりあえず、強引に話題を変えるとしよう。


「俺がいたのは日本という所ですよ。さて、この話はもうよそう」

「え? なんで? 凄く気になるんだけど……」


 リンクはそう言って首を傾げた。


「たぶん、わけわからんようになるからさ。それより、皆に訊きたい事があるんだが、いいかい?」

「訊きたい事? 何だろうか?」


 通じるかどうかわからないが、大事な事なので、俺は訊いてみる事にした。


「この王都に、風呂に入れる所ってあるの?」

「フロ? なんだいそれ?」


 と、リンク。

 予想通りの返答であった。

 次は言葉を変えていくとしよう。


「風呂とは、暖かい水の中で身体を休め、そして身体を洗える場所の事さ。あるよね? もしかして……ないの?」


 皆は『何それ?』といった感じで、俺を見ていた。

 嫌な予感がしたのは言うまでもない。

 俺は恐る恐る訊いてみた。


「ね、ねぇ……なんで黙ってるんだい……か、身体洗うお店ってないの? 公衆浴場みたいなやつだよ」

「コウシュウヨクジョウ? よくわからないけど、身体を洗うという事は、沐浴の泉の事かな。それならグランディスの神殿の隣にあるよ。そこに行きたいのかい?」


 沐浴というと宗教的な感じだが、一応、そういう施設はあるようだ。

 とりあえず、一安心である。


「そうなんだよ、リンク。俺も流石に、沢山汗を掻いたもんだからね。スッキリしたいんだ」

「ふぅん……でも、本当に行くのかい?」


 リンクは怪訝そうに、眉を寄せて訊いてきた。

 なんでそんな顔をする?


「ちょっと身体を洗いたいだけさ。何かあるのか?」

「あら、エイシュン様は沐浴されるのですか? それなら私がお手伝いしましょう」


 ルーミアさんはそう言ってニコニコと微笑んだ。


「え? お手伝い?」

「ちょ、ちょっと、エイシュン! なんで沐浴の泉に行くのよ! あそこは……」


 よくわからんが、なぜかミュリンは怒っていた。

 怒る要素なんてどこにある?


「なんでミュリンが怒るんだ?」

「なんでもなにも……あの泉は……んもう、何も知らないのね。私も行くわ! エイシュンだけにさせないんだから!」


 ミュリンはそう言って、頬を赤らめたのであった。

 意味が分からん仕草である。


「エイシュンさん……沐浴されるんですか? じゃあ、私も一緒に行こうかな。心配だし……」

「は? サリアもか? というか、心配って、なんでだよ……」


 サリアも同じような感じであった。

 リンクとファレルさんは何か言いたそうだが、渋い表情で静かにしていた。

 なにがなんだかサッパリである。

 とりあえず、沐浴の泉とは、恥ずかしくなるような事が起きる場所なのかもしれない。

 これは詳細を訊く必要がありそうだ。


「ねぇ……何があるんだい、その沐浴の泉って? ン?」


 するとその時であった。

 冒険者と思われるゴツイ奴等がこちらに近づいて来たのである。


「おやおや……そこにいるのは元アレングランド騎士団のファレルじゃないか。久しぶりだな。どうだ? 冒険者生活はよぉ」


 ぶっきら棒に声を掛けてきたのは、なかなかのイケメン剣士であった。

 ブロンドのロン毛野郎で、なかなか立派な青い鎧を着こんでいる。

 どこぞのRPGの勇者みたいな格好をした若い男だ。

 その後ろには、仲間と思われる奴等が何人かいた。

 見たところ、人間とアールヴとガングという種族のパーティのようだ。

 ちなみにガングとは、ドワーフのような寸胴種族の事で、凄い馬鹿力を持ってるそうである。見たまんまの性能の種族だ。

 まぁそれはさておき、そいつ等は見覚えのある奴等であった。


(あれ、コイツ等、どこかで……あ!? 思い出した! あの時の奴等か……)


 ファレルさんがそいつ等を一瞥した。


「アルベルトか……何か用か?」


 ファレルさんは嫌そうに、若干顔を顰めていた。

 サリアやリンク、それとルーミアさんも同様だ。

 あまり良い知り合いではないんだろう。


「フッ……そういやお前達、お手柄だったそうじゃないか。流石は元騎士のファレルさんだねぇ。お仲間がいなくなって大変だって聞いたのに、よく爪痕に出かけられたな。ン? あ!」


 と、そこで、アルベルトという奴は俺に視線を向け、大きな笑い声を上げたのだった。


「ヒャヒャヒャ、こりゃいい! おい、旅芸人がいるじゃねぇか! 皆、見てみろよ! この前、街道で見た旅芸人がいるぞ。あの子猿も一緒だぜ!」


 仲間達もクスクスと笑い出した。

 めっちゃ馬鹿にされてるのが伝わる笑いである。

 まぁそれはさておき、俺はどうやら旅芸人と思われてるようだ。

 適当に挨拶しとこう。


「はぁい、先日はどうも。私は、性格悪そうな冒険者に轢かれそうになった猿回しが得意な旅芸人です。よろしくぅ」

「ああん、喧嘩売ってんのか、テメェは……」


 アルベルトという剣士が、そこでメンチを切ってきた。

 案外、短気な奴のようだ。

 するとそこで、髭面のオッサン剣士が、俺の前に来たのであった。

 恐らく、街道で会った時、御者席にいたオッサン剣士だろう。


「フン、口がよく回る旅芸人だな。お前、ファレル達の世話になってんのか?」

「イグザグトリー。その通りでございます」

「はぁ? イグザグ? わけわかんねこと言いやがって。いいか、馬車が来てんのに、街道のど真ん中で子猿と遊んでんじゃねぇよ。次は轢き殺すからなぁ!」

「わかってますよ。ま、俺にも非があるので、それについては謝りましょう。すいませんでした」


 俺は丁寧に頭を下げた。


「お、おう、わかりゃいいんだよ。わかりゃあ」


 素直に謝ったので、オッサンも少し面食らったようだ。

 ちなみに、ファレルさん達はこの突然の展開にポカンとしていた。

 まぁ無理もないところである。

 続いて、アルベルトと呼ばれた剣士が悪態を吐いてきた。


「フンッ、猿回しの旅芸人がファレル達の仲間とはねぇ……こりゃいいや。この王都じゃ、お前達に手を貸す優秀な冒険者は、もういないだろうからな。お前達にお似合いの仲間だぜ。じゃあな、騎士崩れの見殺し冒険者さんよぉ。さて、こんな奴等放っておいて、行こうぜ、皆」


 そして、奴等はこの場から去って行ったのである。

 まぁなんというか、輩に絡まれた感が満載だが、色々と興味深いやり取りであった。

 ファレルさんとサリアは下唇を噛み、奴らに向かって悔しそうな顔を向けていた。

 声を上げないところを見ると、言い返せない何かがあるんだろう。

 リンクとルーミアさんは諦めたように、少し溜め息を吐いていた。

 奴等の登場により、和やかなこの場は、一気に微妙な雰囲気へと様変わりした。

 まったくもって面倒な奴等だが、ファレルさん達も色んな事情を抱えているようだ。

 さてさて……どうなることやら。

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