vol.18 帰還
[Ⅰ]
悪魔の爪痕探索は無事終わり、俺達は王都へとようやく帰ってこれた。
しかも出発から12日後の帰還であった。
ファレルさんとの事前の打ち合わせでは、3日目には王都に帰れるだろうと聞いていたが、実際は倍以上の日数となってしまった。
事情が事情なだけに仕方ない事だが、今後、こういう案件には、あまり首を突っ込まないでおこうと思わせるイヴェントであった。
以後、気をつけるとしよう。
話は変わるが、干物野郎に拉致監禁されていた冒険者達は、ルーミアさんの治療により、辛うじて命を繋ぎ止められた。
実に喜ばしい事だが、その後が大変だったのである。
なぜなら、20名もの衰弱した冒険者達を地上へ送り届けるには、圧倒的に手数が足りないからだ。
冒険者達は傷の治療が終わったとはいえ、出血量や栄養状態の問題があるので、身体を動かす事がままならない者ばかり。
その為、地上の砦にいるアレングランドの兵士や魔導師の手を借りなければならなかったのだが、当然、それらの連絡にも時間が掛かり、これだけの日数を要してしまったわけである。
おまけに、冒険者達を地上へ救出した後は、アレングランド兵が所有する馬車で輸送しなければならなかった。
そして、それは同時に、傷ついた冒険者達を守りながらの行軍を意味する事になるのだ。
まぁそんなわけで、つくづくこの仕事を引き受けるんじゃなかったと考える、今日この頃なのであった。
というわけで話を戻そう。
王都へと帰還した俺達は、ジェニアの酒場の隣にあるアレングランド冒険斡旋所へと行き、依頼達成の報告となった。
そしてファレルさんが代表して報酬を受け取り、これから山分けの儀が執り行われるのである。
ちなみに場所は、斡旋所内にあるプライバシーが守られた個室であった。
6畳ほどの小さな部屋で、窓もなければ家具の類もない。
色褪せた木製の円卓が1つだけ置かれているだけのシンプルな部屋であった。
冒険者達の簡易ミーティングルームのようである。
ファレルさん曰わく、外だと目立つので、報酬はこの部屋で山分けするそうだ。
「エイシュンさん……貴方のお陰で、アルミナ達も無事救出できた。皆を代表してお礼を言うよ。ありがとう」
「本当に大変でしたよ。まさか、冒険者の失踪が相次いでいたなんて、俺は知りませんでしたからね。そういった重要な情報は、事前に教えて貰わないと俺も困るんですよ。ま、今更どう言おうが、後の祭りですがね」
一応、クレームは入れておこう。
余計な手間がかかったから当然だ。
ファレルさんは苦笑いを浮かべた。
「そう言われると、俺も辛いな。まさか、あんな事になっていたとは思わなくてね。俺も軽く考えていたようだ。本当にすまなかった、エイシュンさん……この通りだ」
ファレルさんは祈るように胸の前で手を組み、俺に頭を下げた。
まぁいい、許すとしよう。
「もう良いですよ。とりあえず、報酬の6000グランは約束通り頂きますんで。これで手打ちにしましょう」
「そう言ってくれるとありがたい。では……これが約束の報酬だ。受け取ってくれ。言われたとおり、100グラン銀貨と10グラン銀貨も混ぜておいたよ」
ファレルさんはそう言って、ジャラジャラと金貨と大小の銀貨を前に出してきた。
俺はそれらをパパッと確認した。
以前、ギレルさんにこの国の貨幣を聞いていたので、計算は簡単であった。
ちなみに金貨は1枚500グランで、大きな銀貨は100グラン、小さな銀貨は10グランである。
もっと小さい1グラン銀貨もあるが、かさばるのでそれについては遠慮しておいたのだ。
「はい、確かに6000グランあります。では納めさせてもらいますね。ごっつぁんです」
俺は相撲取りの如く、心を宙に書き、道具袋の中に入れておいた。
皆は不思議そうに首を傾げ、俺を見ている。
ま、知らないのだから無理もない話だ。とはいえ、説明はせんがな。
さて……撤収するとしよう。
「じゃあ、依頼も無事達成できた事ですし、私はこれで……ン?」
「どうしたんだ、サリア?」
するとそこで、サリアが神妙な面持ちで、俺の前に来たのである。
どこか思いつめた表情なのが気になるところだ。
「あの、エイシュンさん……フェラドゥンに襲われた時、助けてくれてありがとう。私が生きているのは貴方のお陰です。私……貴方に凄い借りが出来ちゃった。どうやって返せばいい?」
「は? 借り? ああ……アレか。別に気にしなくていいよ。仲間として助けただけだしさ」
「でも、気にしちゃうのよ。それに……貴方を見て、自分の未熟さを思い知らされたわ。貴方1人でフェラドゥンを倒しちゃうんだもの……」
サリアは俺を見直したのか、やけに持ち上げてくる。
なんか知らんが、あの戦いがサリアの琴線に触れてしまったようだ。
「サリアも意外と律儀なところあるねぇ。でも、気にしなくていいよ。本人がそう言ってるんだから」
「そんなの無理よ……だって……あんなの見てしまったら」
サリアはそう言うと、もどかしい表情で俺とファレルさんを見たのである。
何か言いたそうだが、次の言葉が出てこないところを見ると、言いにくい事なんだろう。
「どうかした?」
サリアは意を決したように口を開いた。
「あの……エイシュンさん、お願いがあるんです」
「お願い……って、何?」
嫌な予感がしたのは言うまでもない。
「エイシュンさん、私達のパーティーに入ってくれませんか! 私……貴方の傍で色々教えてもらいたい。私、もっと強くなりたいんです! お願いします! それに……貴方が近くにいないと、借りを返せないわ。だから……お願いします!」
サリアはそう言って俺の前で跪き、祈るように胸の前で手を組んだのであった。
嫌な予感的中である。
「そう言われてもねぇ……ン?」
と、そこで、ミュリンが慌てて、俺達の間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ、サリア! 駄目よ!」
サリアはキッとミュリンを睨んだ。
「貴方には関係ないでしょ!」
「関係あるの! エイシュンは私の……」
「私の、何よ!」
「サリアには関係ないでしょ!」
「貴女こそ!」
2人は睨みあった。
なんというか、テンション下がる光景である。
肩にいるサタはそれを見て、愉快そうにケラケラ笑っていた。
「へへへ……またなんか面倒な雰囲気になってきたねぇ。エイシュンさんはどうするの? 俺達のパーティに入るのかい? エイシュンさんが仲間になってくれるのなら、実入りも良くなりそうだから、俺は歓迎するよ」
リンクはそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「サリアの言う事もわかります。エイシュン様のような凄腕の魔導師にして、剣士というお方は、そう滅多にお目にかかれるモノでもないですからね。これもグランディスの導きと私は思っています。サリアではないですが、私もエイシュン様の豊富な知識をもっとお聞きしたいと思っているところですもの」
サリアの提案にルーミアさんも満更でない様子だ。
「ですが、このパーティの責任者はファレルです。貴方は、どうお考えで?」
冷静なルーミアさんはファレルさんに話を振った。
ファレルさんはそれに頷く。
「勿論、俺も皆と同じ考えだよ。そして……それを訊こうと思っていたところだ。サリアに先に言われてしまったがな。それでどうだろう、エイシュンさん。正式に俺達の仲間にならないか? 貴方は相当な手練れのようだ。かなり厳しい戦いの場を歩いてきたに違いない。今暫くでも構わないから、我々のパーティに加わってくれないだろうか? 我々は今、わけあって魔導師と剣士がいない。貴方の助けが必要だ」
「正式な仲間に、ですか……そうですねぇ、どうすっかなぁ……ン?」
と、そこで、サタが耳打ちをしてきた。
「エイシュン……我等はこの地の事を知らぬのじゃ。暫く、この者達と行動を共にしたらどうじゃ? それに……この前話したアレの事もある。もしそれが原因ならば、この先、お主1人では少々困難かも知れぬぞ」
このタイミングで面倒な事を思い出させる奴である。
だが、サタの言ってる事が本当ならば、確かにそれも考慮しないといけない話であった。
なぜなら、結界系の術を使うと宝玉が霊力を取り込まないみたいだからだ。
そう……あの後サタに教えてもらったのだが、干物野郎を倒した時、宝玉とやらに蓄えられた霊力はゼロだったのである。
サタの話が本当ならば、恐らく、結界内という霊的なモノが遮断された中での戦いだったからだろう。
つまり、宝玉が力を取り戻すには、結界系の術を極力使わずに戦わないといけない事になるのだ。
とんだ縛りプレイといえよう。
サタの言う通り、とりあえず、暫くはファレル一味に身を置いた方が良いのかもしれない。
というわけで、不本意ではあるが、俺は渋々返事したのである。
「そうですね……じゃあ、もう暫く、貴方がたと行動を共にしますかね。俺も色々と知りたい事もありますし」
すると、ファレルさん達は笑顔になった。
「本当かい! では、これからもよろしく頼むよ」
「ありがとう、エイシュンさん」
「へへへ、よろしくな、エイシュンさん」
「うふふ、これからもお願いしますね、エイシュン様」
ミュリンは少し不服そうだったが、そこで俺にしなだれかかってきた。
「むぅ……なんかちょっと嫌だけど……エイシュンがそうするなら、私もそうするわ」
えらく懐かれてしまったもんである。
初対面での寸止めスキンシップが不味かったのかもしれない。
「あら、ミュリンは無理しなくていいのよ」
「うるさいわね、サリア。私はエイシュンに付いて行くの!」
「フン!」
ミュリンとサリアはそりが合わないのか、喧嘩腰である。
困ったちゃん達であった。
まぁそれはさておき、今後について訊いておこう。
「それはそうと、ファレルさん。暫く予定は無いんですよね? 道中、そんなこと言ってましたし」
「ああ、流石に俺も疲れたから、今は少し休養するつもりだ。アルミナ達の事も気になるしな」
「俺もその方がありがたいです。ゆっくりできる住処も探したいですしね。ン?」
と言いかけた、その時であった。
この部屋の扉が、ノックもなしに勢いよく開かれたのである。
「お取込み中のところ悪いが、失礼させてもらう」
扉の向こうには、磨き抜かれた白銀の鎧に身を包むアレングランドの兵士がいた。
その兵士はアールヴ族の男で、かなりのイケメンであった。
また、その男の後ろには、茶色い鎧に身を包むアレングランドの兵士が何人かおり、今は静かに佇んでいるところだ。
何しに来たのか知らないが、物々しい雰囲気である。
「ン? あ、貴方は、ウォーレン隊長!」
「ご苦労だったな、ファレル」
2人は欧米人のように、軽く抱擁した。
どうやらファレルさんのお知り合いのようだ。
「ウォーレン隊長、無事、アルミナを救出する事ができました」
「いや、礼を言うのは俺の方だ。そして、我が妹をよくぞ助けてくれた。ありがとう。お前達が調査に向かったと聞いてな、今か今かと待っていたのだよ。アレングランドの騎士だったお前なら、こなせると思っていたからな」
「良い報告ができて、私もホッとしております」
「しかし……大変だったみたいだな。かなりの冒険者が魔物に捕らわれていたそうじゃないか? なんでもフェラドゥンに似た魔物だったと聞いたぞ」
「ええ、そうなのです。フェラドゥンではないのですが、面倒な魔物がおりまして……倒すのに苦労しました」
ファレルさんは言いにくそうに言葉を濁していた。
俺が倒したとは言わないでほしいと言っておいたので、言葉を選んでるのだろう。
これには勿論理由がある。
なぜなら、このアレングランドで、フェラドゥンを倒せた者はいないらしいからだ。
つまり、妙な騒ぎを避ける為であった。
「そうだったのか。実はな……その件で話を聞きたいとアルシオン様が言っているのだよ。疲れているところ悪いが、今からアレングランド城に来てもらえるだろうか?」
「え? アルシオン様が?」
「ああ、そうだ。できれば仲間達も一緒に来てもらえるとありがたい。そう時間は取らせないだろうからな」
ファレルさんは俺達をチラッと見た後、兵士に返事をした。
「わかりました」
妙な展開にならないことを祈るばかりである。
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