vol.12 死者の末路

   [Ⅰ]



 ゾンビの集団に勝利した後、俺は呪術について色々訊かれたが、家に伝わる悪霊退治の魔法などと言って、適当に誤魔化しておいた。

 事細かに話したところで、理解できないだろうからだ。

 だが、ルーミアさんは俺の呪術が気になるのか、その後も色々と訊いてきた。

 特に、迦楼羅焔の火炎呪が気になったようである。

 しかもルーミアさんは、グランディス教の高司祭でも使えないような浄化の魔法だと言っていたのだ。

 威力がなかなか強烈だったのだろう。かくいう俺もだが。

 まぁそれはさておき、ゾンビ集団を倒した俺達は、灰の中から売れそうな戦利品を回収していた。

 これらは勿論、ゾンビ共の装備品である。

 ゲームで言うなら、お宝ドロップイベントといったところだ。

 但し、宝箱に入ってないので、そういう気分は味わえない。本当にただの回収作業である。

 ちなみにそれらは、剣や鎧に盾や兜、そして、各種道具類とお金であった。

 死者に対する敬意は無いのか! という声も聞こえてきそうだが、ここではこれが当たり前なのである。

 いや、日本も中世は同じような倫理観だった筈だ。

 合戦の後は、死者の武具を剥ぎ取る者達がいたからである。

 ここも、綺麗事では生きていけない世界なのだ。


「おお、この小袋の中に1000グランほどあるよ。おまけに……この剣、相当良い剣だよ。向こうの鎧もだ。こりゃ、良い武具を見つけたかも」


 リンクはそう言って長剣を手に取り、刃を眺めていた。

 見た目は、西洋のロングソードといったところである。


「確かに……駆け出しの冒険者が持つモノではないな。売れば3000グラン以上はするんじゃないか」

「3000グランか。ヘヘヘ、とりあえず、持って帰ろうかな」


 リンクは嬉しそうに微笑んだ。

 すると、ファレルさんはそこで溜め息を吐いたのである。


「おい、リンク……俺達はアルミナ達の捜索に来たんだ。場合によっては、アルミナ達を保護しなきゃいけない。あまり余計な荷物を増やすなよ」

「ハイハイ、わかってるよ。ちょっとだけさ」


 ファレルさんの指摘は尤もであった。

 その可能性は十分考えられるからだ。


(まぁそりゃそうだ。連れて帰らないといけないパターンもあるからな。ン?)


 と、そこで、俺の視界にあるモノが飛び込んできたのである。

 それは、灰の中で銀色に輝くメダルであった。

 俺はそのメダルを手に取った。

 すると、メダルはネックレス状になっており、見覚えのあるモノだったのである。


「あの、ファレルさん……これって、グランディスの印ですよね?」


 ファレルさんはメダルをマジマジと見た。


「ああ、そうだ。という事は……今の死体は冒険者達なのか? エイシュンさん、ちょっと印を見せてくれるだろうか」

「どうぞ」


 俺はファレルさんに、グランディスの印を手渡した。

 ファレルさんはメダルの裏面を凝視する。

 そして次第に、驚きの表情へと変わっていったのである。


「探索隊番号5 責任者ブランド、だと……」


 そこでサリアとリンクが、慌ててファレルに駆け寄った。


「え!? ブランドってまさか……」

「おいおい、ブランドってもしかして、あの剛腕の魔法剣士ブランドかよ! って事は、この剣……ブランドのなのか……」


 どうやら有名人みたいである。

 訊いてみるか。


「お知り合いですか?」

「知ってるも何も、剛腕の魔法剣士ブランドは王都じゃかなり有名だよ。熟練の冒険者だからね。王都である冒険者の武術大会でも、何度か優勝してるし」

「リンクの言う通りよ。でも数年前、ブランドは年齢もあって、冒険者から足を洗ったって聞いたわ。まさか、今の死体達の中にブランドがいたなんて……顔の判別つかないくらいに爛れてたから、わからなかったわよ」


 2人は驚きを隠せないのか、目を大きくしていた。


「数年前に引退ね……でも、この洞窟内を彷徨ってたみたいですね」

「もしかすると、アレングランド王から極秘に探索依頼を受けていたのかもしれん。今でこそ、色んな冒険者が探索しているが、結界完成の初期には、極秘で熟練冒険者に打診していたと聞くからな」

「へぇ、そうなんですか。極秘にね……」


 少し違和感を憶える話であった。


「しかし、噂には聞いていたが……ここで死んだ者達は、本当に魔物と化すのかもしれんな。あまり考えたくはない事だが……」

「嫌な噂だなぁ。当たってほしくないよ、そんなの」


 リンクは嫌そうに顎を引いた。


「やだ……なによそれ」


 ミュリンは怖くなったのか、更に俺へ身を寄せてきた。

 流石にちょっと引いてるようだ。

 とはいえ、もしそれが本当ならば、かなり不味い事態である。

 ここで死ぬと、ゾンビ化する可能性があるからだ。


「まぁいい……今はとにかく、先に進もう。リンクも武具の回収は程々にしておけよ」

「はいよ、リーダー」――




   [Ⅱ]



 移動を再開した俺達は、洞窟内を慎重に進んで行った。

 途中に分岐があったりしたが、ファレルさんは地図を見て確認しながら、目的地へと進路を取っていた。

 ファレルさん曰く、一度通った道は、すべて記録してあるそうだ。

 ダンジョン攻略のマッピングをちゃんとしているようである。

 まぁそんなわけで、道に迷う事はなさそうだ。

 だがその道中、やはり、魔物との戦闘は何回か遭ったのである。

 ゾンビ系の魔物や、トカゲのような爬虫類系の魔物、そして、大きなムカデや蜘蛛のような昆虫系の魔物が、その辺を闊歩しているのだ。

 ちなみに、昆虫系の魔物は足や関節が多いので、かなりキモい感じだったのは言うまでもない。

 しかも、肉食の昆虫なので、その獰猛さたるや凄いのである。

 まぁとはいえ、俺の場合、霊体に直接攻撃する不動術があるので、そういう魔物も足止めは難なくできた。

 それもあり、ファレルさん達は大分楽に戦闘を進められたことだろう。

 そして、そんな戦闘を繰り返している内に、俺達はようやく、目的の『捻れた回廊』入り口へと到達したのであった。

 かなり長い行軍であった。

 所要した時間は、恐らく、半日くらいか。

 ファレルさんは言っていた。

 この悪魔の爪痕内部は、まだまだ未踏の区域が多いと。

 魔物が強くて、なかなか進めない区域もあるそうだ。

 そして、そういった所に足を踏み入れた探索者は、そのまま帰らぬ事が多いそうである。

 つまり、本当に帰らぬ人となっている可能性があるのだ。

 この洞窟……深部で何かとんでもない事が起きていそうである。

 とりあえず、ファレルさんの依頼が片付いたら、ここにはあまり近寄らないようにしよう。

 触らぬ神に祟り無しだ。


「さて……ここから先が捻れた回廊だが、ここで一旦、休憩しよう。ルーミア、安らぎの結界をお願いできるだろうか?」

「わかりました」


 ルーミアさんは白く丸い石を道具入れから5個取り出し、周囲に置いた。

 そして、その中心に杖を立て、呪文を小さく唱えたのである。

 するとその直後、この置いた石の内側に、穢れのない清らかな気が満ちてきたのであった。

 この世界にも、こういう簡易結界の術があるようだ。


「安らぎの結界が完成しました。皆さん、中で楽にしてください」

「ふぅ、これでゆっくり休めるよ」


 リンクはそう言いながら、結界の中に入って腰を下ろした。

 他の皆も結界の中へと入ってゆく。

 つーわけで、俺もそれに続いた。

 全員が中に入ったところで、ファレルさんが話を切り出した。


「さて……ここからは更に魔物も強くなる。道中、結構戦ったから、ここで少し休んでいこう。魔法力も少しは回復する筈だから、エイシュンさんとルーミアにミュリンは、身体を休めてくれよ」

「じゃあ、お言葉に甘えまして、ちょっと休みますね」


 俺はそこで豪快に横になり、欠伸をした。

 流石に歩き疲れたのである。

 しかも、安らぎの結界はなかなかの居心地であった。

 優しい霊気が漂っているので、ある種のパワースポット的な感じなのだ。

 とはいえ、ニオイまでは除去できてないが。


「エイシュンさん……アンタ、余裕だね。この悪魔の爪痕に来た冒険者で、そこまで大胆に休んでる人を初めて見たよ」


 リンクはそう言ってポカンとしていた。


「休める時に休んどけよ、リンク。戦場というのはそういうもんだ」


 俺は利いた風な口をきいておいた。


「確かにそうかもな。ところでエイシュンさん、アンタ何者なんだ? なんというか、魔導師のようでいて、全然違う気がするんだよね。身のこなしとかもただ者じゃないし。おまけにここまで、背中の剣を抜いてさえいないしさ……」


 リンクはストレートに疑問をぶつけてきた。

 俺の戦いを見ていて、違いに気付いたんだろう。


「ああ、俺もそう思っていたところだ。エイシュンさんは、魔物をうまく足止めしてくれるから、かなり楽に戦えている。リンクの言うとおり、何者なんだ? 正直言うと、ここまで凄腕とは思わなかったよ」


 ファレルさんもそれに続いた。

 他の皆も同じ思いなのか、ウンウンと頷いている。

 とりあえず、また曖昧に答えるとしよう。


「まず言っておくと、俺は冒険者ではないし、ここで言う魔導師でもない。ただ……」

「ただ?」

「1つ言えるのは、このアレングランドに迷い込んだ旅人って事だよ。ちょっと変わった魔法を使えて、化け物退治もそこそこできる旅人とでも思っといて」

「なんだそりゃ。ややこしい旅人だなぁ」


 リンクはガクッと肩を下げた。


「アレングランドに迷い込んだ旅人か……て事は迷子なの?」


 サリアは確信をついてきた。

 正解である。

 今回の冒険で希望が見えると良いんだが……。

 とりあえず、後でサタに、力の貯まり具合を確認するとしよう。


「ま、そんなとこだ。帰りたいんだけど、道がわかんないんだよ」

「うふふ、おかしな方ですね、エイシュン様は」


 ルーミアさんは俺を興味深そうに見ている。

 するとミュリンが、俺の隣で横になり、抱きついてきたのであった。


「私はエイシュンが何者でも構わないわよ。どの道、付いてくんだから」


 相変わらず、俺から離れる気はないようだ。

 えらく懐かれたもんである。

 誰も見ていなかったら、エッチな事をしてしまいそうだ。

 未成年? ここは異世界じゃ。知るかそんなもん。汁だしてやるわ。

 

「本当に変わった人だな、エイシュンさんは。でも、これほど心強い仲間はいないかもしれん。まだ暫く探索は続くが、よろしく頼むよ」


 期待されても困るので、一応、予防線を張っとこう。


「とりあえず、できる範囲で頑張らせて貰いますよ、ファレルさん」―― 

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