vol.11 裂けた谷底

   [Ⅰ]



 通称、裂けた谷底。

 それは、谷底の壁面に走る裂けた形の穴の名前であった。

 ゴブルとかいうゴブリンみたいな魔物と数回の戦闘を重ね、俺達はようやくそこに到着したのである。

 ちなみに、ここで一旦、休憩だそうだ。

 道中、戦闘を何度かしたので、少し休むそうである。

 というわけで、俺はその辺にある岩に腰掛け、暫し身体を休める事にした。

 他の者達も同様に、岩に腰を下ろして休んでいる。

 だが、俺はあまり休んでいる気分にはなれなかった。

 なぜなら、近くにある裂けた谷底から嫌な霊気が漂ってきているので、それが気になるからだ。

 その霊気は、確実に邪気の類のモノであった。

 休憩の後、この洞窟に入るわけだが、ちょっと面倒そうである。


(ここからが『裂けた谷底』か……化け物多そうだな。まぁいい、とりあえず、状況に合わせて俺も対応してくしかないか。ン?)


 するとそこで、隣にいるミュリンが俺に身を寄せてきた。

 少しビビってるみたいである。


「エイシュン……なんか、ここって嫌な感じよね。私、洞窟なんて初めてだから、ちょっと怖いかも……」


 ミュリンは王都アレングランドから出た事がないそうだ。

 あの親父の事だし、恐らく、箱入り娘状態だったんだろう。


「なら、帰るか? 今なら引き返せるぞ」

「エイシュンは帰らないんでしょ?」

「ああ、帰らんよ」

「じゃあ、帰らない。私、エイシュンと一緒に旅するって決めたんだから」


 ミュリンはそう言って、俺の腰に手を回し、強く抱きしめてきた。

 意地でも離れないつもりのようだ。


「妙なところで頑固だねぇ。ミュリンて、少し子供っぽいところあるよな」

「だって、私まだ14歳だもん。大人の仲間入りしたのは、ついこの間なんだからね」

「はぁ!? じゅ、じゅ、じゅ、じゅうよんさい!?」


 俺は今の言葉に驚愕していた。

 なぜなら、俺の少し下程度に考えていたからだ。

 今更ながら、あのエロ行動に罪悪感が湧く俺であった。

 見た目で年齢を判断してはイケないようである。


(14歳って……ウソだろ。胸とか育ち過ぎやろ……いや、ココは地球より1年が長いから、実質15歳くらいかもしれん。いやいや……その前にだ。俺は14歳の中坊ガキンチョに、アレをやったんか……。つか、ココじゃ14歳でもう大人扱いなのかよ。ン?)


 すると他の皆がポカンとしながら、俺達を見ていたのである。

 ちょっと大袈裟に驚きすぎたようだ。


「どうしたんですか、エイシュンさん? 大きな声を出しましたけど」


 リンクはそう言って首を傾げた。


「すまない、なんでもないよ。気にしないでくれ。見識の違いがあっただけさ」

「そうですか。ちなみに、何が違ってたんですか?」

「年齢だよ。ミュリンが思ったより若かったからさ。しかし……ミュリンって14歳かよ。それでもう大人になるのか? 俺が以前住んでたところは、18歳が大人扱いだったんだが……」

「うん、そうだよ。そこにいるサリアだって、私の2つ上だし。そうよね?」


 ミュリンはそこでサリアを見た。

 サリアは頷く。


「ミュリンの言う通り、私は16歳よ。ここじゃ、そういうものよ、エイシュンさん」

「俺はこう見えて24歳だぜ」


 リンクは腰に手を当てて胸を張った。

 こっちは逆に、思ったより年をとってるようだ。

 となると、気になるのがルーミアさんである。

 見た目がエルフなので、高年齢を想像してしまうところだ。

 女性に年齢を訊くのは失礼かもしれないが、この際だし、いってみよう。


「あの……ちなみにルーミアさんは、お幾つなんですかね?」

「私ですか? ……言わなければなりませんか?」


 若干、怒気をはらんだ言い方であった。

 あまり言いたくないのかもしれない。

 するとそこで、ミュリンが耳打ちしてきたのである。


「ちょ、ちょっと、エイシュン……アールヴ族の寿命は、私達の倍くらいあるから、あまり訊かない方が良いわよ。特に女性には」

「なんでだ?」


 俺も小声で訊き返した。


「アールヴ族って、私達のようなシュマイア系の種族やコミット族から、若くてもお年寄り扱いされる事があって、年齢を言いたがらないのよ。特に女性は。気をつけてね」

「シュ、シュマイア系の種族? よくわからんが、わかったよ」


 妙な種族名が出てきたが、アールヴ族の女性には禁句なようだ。 

 以上の事を踏まえ、俺はルーミアさんに補足しておいた。


「ルーミアさん、無理に言わなくていいですよ。大した事でもないので気にしないでください」

「私は50歳です……これでいいですか?」


 ルーミアさんは笑顔だが、目が全く笑っていなかった。

 ちょっと怒らせてしまったかもしれない。

 その為、この場は若干重い空気になりかけていたのであった。

 ちなみに、他の者達は俺に向かい、非難の目線を送っているところだ。

 いらん事すんなよって感じである。

 これは全力でフォローしとこう。


「え? て事は……アールヴ族は長命ですし、俺と同い年くらいなんですね。しかし、ルーミアさんは凄くお美しい方ですね。美しさが長く続くのは、羨ましい限りです。貴方のようなお美しい方は、私の地元にはおりませんでしたから」

「うふふ、お上手ですわね。そう言って頂けると嬉しいですわ」


 ルーミアさんはニコニコと微笑んだ。

 良かった。

 機嫌が直ったようだ。

 だが、今度はなぜかミュリンがムスッとしていたのである。


「ん? どうした?」


 ミュリンは口を尖らせ、プイッとそっぽを向いた。


「ふん……何でもないわよ」


 今のやりとりで、何か気に障る事でもあったんだろうか?

 するとそこで、肩にいるサタが、小さく囁いてきたのである。


「エイシュン……女心は難しいモノよのう。お主も修行が足らぬな。我はミュリンの気持ちがようわかるぞい。ヒョヒョヒョ」


 サタはそう言ってケラケラ笑った。

 ちょっとイラッときたのは言うまでもない。


(しかし、女心ねぇ……つー事はヤキモチかな。ミュリンも可愛いところがあるな。まぁ14歳だし、しゃあないか。ン?)


 と、そこで、ファレルさんが立ち上がった。


「さて……ではそろそろ、先を進もうか。だがその前に……」


 ファレルさんはそう言うと、先端に水晶球が付いた杖を取り出したのである。

 いよいよ、この杖を使う時がきたようである。

 その名も光の杖ってやつだ。

 モロな名前だから、もうおわかりだろう。

 某政治家風に説明しよう。

 なんとこの杖、光るんですよ。これ、意外と知られてない事なんですけどね。

 そうなんです。ここから先は更に薄暗くなるので、明かりがないと視界がかなり悪くなるんです。

 なんと言ったって、今から行くのは洞窟ですからね。洞窟って暗いんですよ。

 だからこそ、使わないといけないんだと思います。

 どうやって使うのかは知らないんですがね。

 今、彼がセクシーに使ってくれますよ。


「これでまずは明るくしよう」


 ファレルさんが水晶球に手をかざし、魔力を籠めました。

 すると、どうでしょうか。

 なんと、眩く輝いたのですよ。

 水晶球が光るんですよ。光ってるので、明るいですよね。

 これで楽しく、クールで、セクシーに探索が出来るというモノです。

 などとというアホな構文はさておき、光の杖はLEDの投光器並みに明るかった。が、それよりも俺は、ファレルさんが魔力を操った事の方が驚きだったのである。


(へぇ……ファレルさんも、霊力を少しは操れるのか。そういえば道中、ミュリンが言っていたな。ここの住民は、基礎的な魔法は使える者が多いと。これから察するに、生活と魔法が密接に関わる世界観なんだろう。ある意味、凄いことかもしれん)


 魔法文明的には、地球より進んでいるようである。

 地球では呪術系は秘匿とされているからだ。

 お勤めも、人が来ないよう結界を張るのが常なのである。


「では行こうか。杖の明かりは1日ほどしか持たないから、急ぐとしよう。ここからは魔物も強くなるし、十分に警戒して進むぞ」


 それを号令に、俺達は重い腰を上げた。

 さて、移動再開だ。



   [Ⅱ]



 裂けた谷底の中は意外と広かった。

 天井もそこそこ高いので、トンネルの中を進んでいるような気分である。

 とはいえ、形が歪なので洞窟感は失せていない。

 恐らく、自然にできた洞窟だろう。

 全面が黒い岩肌で、手で触ると黒い煤のような汚れが若干付着してくる。

 もしかするとこれらは溶岩石なのかもしれない。

 あまり綺麗な洞窟ではないようだ。

 極力、壁面には触れないようにしよう。

 というか、それよりも問題は、さっきから糞尿のモノと思われる臭いが、俺の鼻を刺激してくる事であった。

 サタも臭いのか、眉間に皺をよせ、鼻を押さえていた。

 ちなみに、他の者達は自然体である。たくましい方々だ。

 これは考えたくない事だが、恐らく、魔物や冒険者達の糞尿が、どこかで排泄されているのだろう。

 この洞窟内のどこかに、便所スペースがあるのかもしれない。

 長い間、小便とウンコを我慢するわけにはいかないので仕方ない事だが、知りたくない事実であった。

 とはいえ、避けては通れない事実といえよう。

 つまり、リアルファンタジーは、臭くて汚い世界と割り切るしかないないのである。

 そして、俺はそんな悪臭にもめげず、警戒は怠らないのだ。

 つーわけで、インシデント発生である。


「ファレルさん……やや前方に、良くない霊気の集団がいます。向こうはこちらに気付いてますね。気配からして、さっきの奴等より、強いかもしれません。ここは1本道なので、戦える準備をした方が良いかもしれませんよ」

「なんだって……わかった。皆、戦闘態勢に入れ」


 全員が真顔になって頷く。

 今までの事もあり、俺の霊的感知能力を結構信用してくれているようだ。

 そして程なく、俺達はその魔物と遭遇したのである。

 現れたのは、ゾンビの団体であった。

 20体近い腐った死体共が蠢いていた。

 人や獣人のゾンビが多く、武装している者もいた。

 肉が爛れて骨が所々見えている。

 悍ましい上に、腐敗臭が凄かったのは言うまでもない。

 火炎放射器で消毒したいところだ。


「チッ……よりにもよって、いきなり腐った死体の群れか。しかも、なんて数だ。ルーミアよ、慈悲の光を!」

「わかりました」


 ルーミアさんは杖を掲げ、小さく呪文を唱える。

 すると次の瞬間、杖の真上から白く優しい光が現れ、魔物達に降り注いだのであった。

 その光を浴びたゾンビ達の何体かは灰になり、そして消えていった。

 どうやら、グランディス教の浄化魔法のようだ。

 だが、まだ結構残っていた。

 全部を浄化するのは難しいのだろう。

 ファレルさんは少し険しい表情であった。


「やはり、効きが悪いか……仕方ない。今は炎の魔法の使い手がいないから、直接攻撃で行動不能にするぞ。俺とサリア、それとエイシュンさんは前に来てくれ。他の者達は後方支援を頼む」


 お呼びがかかったので、俺も仕事をするとしよう。


「エイシュンさん、コイツ等の攻撃に気を付けるんだ。身体が痺れて動けなくなる時がある。そうなったら、コイツ等に食われてしまうぞ。気を付けてくれ」

「へぇ……なかなか厄介そうですね。でも、俺はこういう奴等が専門分野なんで、その辺は安心してください」

「え? 専門分野?」


 俺はそこで印を組み、呪言を小さく唱えた。

 今から使うのは不浄を焼くほむらの術だ。

 その名を秘紋修呪の法・迦楼羅焔かるらえんの火炎呪という。

 ちなみに、こんな名前がついてるが、不動明王とは一切関係がなかったりする。ご先祖が勝手に付けた名前だ。

 それはさておき、俺が呪言を唱え終えると、印を組む俺の手の前に、燃え盛る青白い炎の球が出現した。

 だが、俺はこの時、少し驚いたのである。

 なぜなら、日本で使っていた時よりも大きな炎が出現したからだ。

 その大きさたるや、直径2メートル以上の炎の球であった。


(あれ? なんか、いつもより大きくね? 倍ぐらいあんだけど……まぁいいや、やっちまえ)


 というわけで、俺はゾンビ共に向かって、組んだ印を前に突き出し、青白い大きな炎の塊を放ったのである。

 その刹那、ゾンビ共は炎に蝕まれ、断末魔の悲鳴を上げながら、大部分が灰と化していった。

 2体ほど討ち漏らしたが、まぁまぁの戦果である。


「エ、エイシュンさん……アンタ、こんな強力な魔法が使えたのか」

「ウソ……凄い」

「すっげぇ……エイシュンさん。アンタ何者だよ……」

「さすが、エイシュンだわ」

「これもグランディスのお導きですね。主よ、ありがとうございます」


 ファレルさん達は、迦楼羅焔の火炎呪に驚いていた。

 だが、俺も驚いてるので、正直、どう答えていいか悩むところである。

 まぁとはいえ、それは後だ。


「まだ終わってませんよ。あそこに2体いますから」

「あ、ああ……そうだな。よし、次は我々の番だ。行くぞ、サリア」

「ええ、兄さん」――


 その後、2人の剣士はゾンビを滅多切りで行動不能にし、俺達はこの戦いに勝利したのであった。

 

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