第16話 春出水桜子の独白
<
宴会と化し、大騒ぎだった決起集会は終わり、今は静けさがあった。
店内は私達で貸し切りだったから、他に客はいない。
バーのマスターも少し店を空けると言って出て行ってしまった。
私は、何人ものスタッフ方たちに「大丈夫ですか?」とタクシーの手配などを提案されたが丁重にお断りした。
残ったのはこおりさんのマネージャーと私だけ。
────そう、今はただ隣で長ソファに沈んでいる犬飼竜太郎さんを見ていたくて、私はこの状況を自ら作り出していた。
ちょっぴりはしたないと思ってしまう。
大量にお酒を飲んだであろう犬飼さんは、死んだかのように目を閉じている。
窒息しないように顔を横になるようにこちらに向ける。
普段見るより幼い顔だ、と思った。
こおりさんが髪を切ってから、犬飼さんも身だしなみが小綺麗になったように思う。
二人に何があったのか分からないが、以前より二人は丸くなった気がする。
「うう……まだやれる……」
あら。犬飼さんがうなされている。
悪夢でも見てるのでしょうか。
思わず近寄り耳元で伝える。
「大丈夫ですよ」
「んむ……そうか。ありがとう、こおり」
え!!!
普段犬飼さんはこおりさんのことを「氷ヶ峰さん」って呼んでるのに────!!
「~~~~~~~~~~~!!!」
尊すぎる!! 私は死ぬ気で口を押さえて声にならない歓喜の声を上げた。
……はぁ、落ち着きなさい私。これじゃまるで変態だわ。
でもでもだって仕方ないじゃないですか。
この犬飼さんと氷ヶ峰こおりさんの関係がどれほど尊いものなのか、私だけは分かっていた。
硬く目を閉じたままの犬飼さんを見ながら、私が『犬飼こおりカップル激推しクラブ』の会長────は冗談だが、そんな冗談を言うほどのことになった出来事を思い返す。
・
───そう、始まりは、二年ほど前だろうか───私が司会をつとめる番組の収録のため、あるテレビ局に訪れた時だった。
「お願いします!! 使ってやってください!!」
「いやいや、もうそういう営業やる時代じゃないんですよ。数字取れる見込みがないと……」
「そこをなんとか!!」
通りがかっただけだけど、なんか、熱血マンがいるなーと思ったのを憶えてる。
高校生に見紛うほどの若い男性が、スーツを着て、テレビマンに何かを訴えていた。
どこかで見た気がしたのもあって、印象に残った。
けれど、その日は何とも思わず収録を終えて、帰った。
───次の週。
「お願いします!! インストグラム開設し、フォロワーが───人まで増えてきて───」
「だめだめそんなんじゃ。一般人レベルじゃん。ていうかもうこういう営業やめてって言ったよね?」
また、こないだの熱血マンが頑張っていると思った。
ボサボサの髪で必死に頭を下げていた。
少しだけ、気になった。
───また次の週。
「あれ、──さんは……? 初めまして、犬飼竜太郎と申します」
「オイ、何がお願いしますだよコラ。散々うちに迷惑かけやがって」
「す、すみません」
「……ってのは冗談で、話だけ聞いてあげるよ〜」
「本当ですか!?」
熱血マンは犬飼竜太郎さんと言うのか、と分かった。
そして、ニタニタと笑う新しい担当のテレビ局員は、犬飼さんを虐める為に連れてこられた人材だと、後々分かった。
───そのまた次の週。
「すみません、こちら、前回指摘いただいた資料になります。各種データはこのようになっていまして──」
「……は? 前回って何? ていうか君、誰?」
「…………初めまして。犬飼竜太郎と申します。今回は──」
先週確実に犬飼さんに色々な指示を出していた男が、犬飼さんに初めて会ったかのような──なんて幼稚な──振る舞いをしていた。
男が犬飼さんの作った資料を投げ捨てる。
それでもゼロから説明し始める犬飼さんを私は見ていた。
その頃の私は、もうすでに犬飼さんがしっかり気になっていたんだと思う。
そして、どうして毎週こんなにも遭遇するのか、不思議だった。
その疑問は──いつものごとく犬飼さんが営業?に失敗したあと、ロビーに座っている女性に声をかけているところを見て──答えが分かった。
「すまん、今回もダメだった」
「そう。じゃあまた来週ね」
まっすぐ謝罪する犬飼さんと、涼しい顔で答える──氷ヶ峰こおりさんがいた。
彼女はその年
私がMCをするその番組は、蒼樹坂に限らず新人アイドルの登竜門に位置するようなものだったので、それに自分の担当アイドルを露出させて、人気に火をつけたかったのだろう。
実際この番組を足掛かりにして人気になったアイドルは何人もいた。
だから犬飼さんの行動には納得できた。
同時に──氷ヶ峰さんのことを、なんて冷たい人なんだろうと思った。
だって、あれだけ頑張ってるのに、感謝もせず、「そう」の一言で終わらせるなんて。
犬飼さんが氷ヶ峰さんの専属だということもこの頃に知った。
それ以降も毎週のように犬飼さんは交渉して、酷いときは無視されたり、逆に大声で罵倒されたりと、テレビ局員の行為はエスカレートしていった。
何をされても反抗しない犬飼さんを見て、弱々しいと思ってしまうこともあった。
そういった中で一度印象的で心に残ってることがある。
「蒼樹坂の社員だから会ってはやってるけどな。いい加減にしろよ。もう来るなよ」
「……ん、ぐ」
この日の犬飼さんは、土下座した上に、頭を足で踏まれていた。
私は、しばらく犬飼さんをいたぶって満足したテレビ局員が去ったあと、地面に座り込んだ彼の声を聞いた。
人の尊厳を奪われたあとだというのにこう言った。
「負けるかよ」
独り言の声量だったけど、確かにそう聞こえた。
もうそんな強がりはやめて──この人が壊れてしまうと思った。
私は、もう居ても立っても居られなくなって、ロビーに向かう犬飼さんを尾けた。
──氷ヶ峰さんにひとこと言ってあげたかった。
どれだけ犬飼さんが頑張ってるか知ってるのかと、そしてもうやめてって言ってあげてほしいと。
でも、私は思い違いをしていたのだと気づいた。
ロビーで会話する二人を陰から窺う。
「よう。今日も無理だったけど、ついに手を出してきたぞ。手というか足だけどな。そろそろ人雇って写真撮らせよう。それで脅せば一発だ」
そう言って笑う犬飼竜太郎は全く弱くなかったし、
「そう。……頭を踏まれたの? 馬鹿ね」
そう言って彼の髪をサッと撫でたあとの氷ヶ峰こおりは、怒りで震えていた。
──────ああ、この二人は通じ合ってるんだと、分かった。
それからしばらくして、氷ヶ峰さんは当時の知名度では異例の抜擢で、例の番組に出演した。
後に切り抜き等でバズるシーンがいくつもあったが、その中であまり世間にウケなかったものの、私が一番心打たれた言葉がある。
「質問が来てます。氷ヶ峰さんはどんな恋愛が理想ですか?」
私が読んだファンのメッセージに、彼女が答えた。
「……恋についてはよくわからない。愛についてでいい?」
そっちの方が難しそうだと思ったけど、うなずく。
「もちろんいいですよ」
「……私の考える理想の愛は、甘い言葉や高級レストランで満たされるものではなくて、辛くても目標に向かって共に耐え忍んでくれること……だと思う」
……私は、この言葉に正直言って撃ち抜かれてしまった。
これまでの受け答えは、どこか準備してきたような感じがあったのに、この答えは心から出てきたような真実味があったのも大きいかもしれない。
そして、記憶に残る犬飼さんとのやりとりに想いを馳せ、さらに心が震えた。
気づいたらこの二人の大ファンになっていたのだ。
・春出水桜子の回想終了ーーーーーー☆彡
薄暗い店内に意識を戻す。
私は、そんな尊敬する犬飼竜太郎さんの寝顔を飽きることなく見続ける。
私もいつかこんな人と両想いになりたいな……とかはしたないことを考えていたからだろうか──彼が身じろきした瞬間、驚いて目を見開く。
しかし、すぐに私は笑顔になってしまった。
「……むにゃ……まけるかよ」
彼が寝言でそう言ったから。
彼は今も目標に向かって戦っているのだ。
私も、明日からまた頑張ろう、素直にそう思えた。
──────
※氷ヶ峰は緊張しすぎていて、この番組のMCが桜子だったことを憶えていません。
そういうことでひとつお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます