辺境のキャバ嬢、遊び人のイケオジ伯爵に勇気を見る

@XI-01

辺境のキャバ嬢、遊び人のイケオジ伯爵に勇気を見る

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 辺境の街・プロテッラには風俗店が軒を連ねる一角があり、どの店にも少々の場末感が漂っている。ミレイが勤める「クラブ・リーフス」もご多分に漏れず、だ。キャストは十五人からいるものの、どの女性にも得も言われぬ野暮ったさがある。みな、顔立ちだってスタイルだって悪くないのだけれど、なんだか田舎くさくて、なんだかパッとしない。若干、高齢化が進んでいることも事実で、中でもミレイは最年長の二十七歳。それでも指名の数は少なくなく、貴重な戦力とされている。彼女の場合、ナンバーワン争いには微塵も興味がなく――というより、むしろ、早いところ引退して結婚したいと考えている。子も二人は欲しい。パートナーに多くは求めない。誠実であってさえくれれば、それでいい。


 そんなふうに幸せな家庭を思い描く今日この頃なのだけれど、接客の場でそれとなあくそんな話をすることもあるのだけれど――足繁く通ってくれて「一緒になりたい」と言ってくれる男性は数名、いる。それもこれも自分の外見が人並より幾分優れているからであることはミレイ自身、わかっているから、真剣に取り合うことはしない。外見をなにより重視するような輩と心を通じ合わせることなんてできないと考えている。そもそもキャバクラに遊びに来る男にろくなのがいるとは思えない。だったらそんな連中に理想とする将来像など話すな――となるわけだけれど、時間を埋めることには役立つ話題なので、重宝したくもなる。


 どうあれ、願望はあるわけだ。だけど、「結婚」という言葉にはいまいちリアリティが感じられない。自分にその日が訪れるとは、現状、考えにくい。とはいえ、三十を過ぎてのウェディングドレスはキツいような気がするので、なんとか二十代のうちに片付きたいとは思っている。



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 カイン・ローグ伯爵が「クラブ・リーフス」を訪れた。半年ほど前から毎週土曜日にやってくるようになった貴族様だ。酒豪であり、高価な酒をたくさん注文してくれるのだから、店にとってはありがたい人物でしかない。


 伯爵はいつもミレイを指名する。

 今夜もそうだ。


 ウイスキーをそそいだグラスをそっと手渡す。「ありがとう」と微笑んでみせる、四十がらみの伯爵。ウェーブがかかった長い黒髪、涼やかな目元、削げた頬、品のいい口ひげ。いかにもしゅっとした男性であり、すなわち、容赦のない二枚目――イケオジなのである。泰然とした雰囲気をまとう人物でもあり、時折見せる照れくさそうな笑みには好感が持てるのだけれど、なにせ評判が評判だ。


 遊び人、なのだという。


 人から伝え聞いた程度でしかない。それでも、恐らく事実だろうとミレイは考えている。どうしても女性と遊びたい。だけど、国一番の騎士という評価に傷をつけたくない。だから、首都から遠く離れた街にまで出向くのだ。土曜日になると彼女のことを訪ねてくるわけだけれど、他の曜日だって、暇さえあればあちこちに足を運ぶ御仁なのではなかろうか――現実的な予測であるような気がしてならない。


 グラスに口を付け、琥珀色の液体をすすると、伯爵はミレイを見て、ぎこちなくニカッとと笑った。そこにはどういう意味や意図があるのか、それは皆目見当がつかないのだけれど、とりあえず、彼女もにこりと笑んでおいた。


 ややあってから、伯爵は「きみにも、俺が、その……俺が、遊び人に見えるのか?」と訊ねてきた。ミレイが小さく首をかしげてみせると、伯爵は少年のようにぽっと頬を赤らめた。


「噂で聞いた限りではそうですわ」ミレイは正直に言った。

「そ、そうか……」無念そうな、伯爵。「まあ、言い訳はできないな」

「お認めになる?」


 伯爵は苦笑のような表情を浮かべ下を向き、顔を上げると必死の形相で「しかし、過去形だ!」と声を張った。


「もう遊んでない。誓って言える」

「ひょっとして――」

「なんだ?」

「いえ。いい人が見つかったのかな、って」


 すると伯爵は真剣な顔をして、深く澄んだブルーの瞳で見つめてきて――。何か大切なことを伝えようとしているのはわかるのだけれど、「おおおっ、俺は、ミ、ミレイ――」とメチャクチャ激しく吃ったりして――。


「ま、まま――」

「お母様がなにか?」

「ち、違うっ。お、俺はだ、ミレイ、さん……っ」

「どうしていきなりさん付けに?」

「ミ、ミレイ、俺は、その――」


 いったい、何が言いたいのだろう。

 そう疑問に思い、また小首をかしげるミレイ。

 ひょっとして――と考えたりもする。

 だけど、訊いてやらない。

 立派ななりをした男があたふたする様子は、面白い光景でしかないからだ。


 突然、両肩を掴まれた、力強く。

 赤いドレスはオフショルダーだから、生身だ。


 もはや切羽詰まっている感すら窺える、伯爵の目。


「ミッ、ミレイ、俺は――っ!!」


 どうしてもその先が紡げないらしく、伯爵は眉尻を下げ、唇を噛んだ。


「おさわり」

「えっ」

「伯爵、おさわりは厳禁ですわ」


 すすっ、すまない……。

 ミレイの肩を握っていた手を離すと、伯爵は身を引き、落胆したように顔を俯けた。


 伯爵が何を言いたいのか、何を伝えたいのか――それはもはや明らかだ。

 だけど、やっぱり助け船は出してやらない。


 男ならしっかりしてほしい。

 きちんと言葉と行動で示してほしい。


 下を向いたまま、今度は小さな声で「……ミレイ」と呼んだ伯爵。


「はい。なんでしょう?」

「俺の親父が、もう死ぬんだ」


 ミレイはにわかに眉を寄せた。


「それはたいへんですわ。でも、それが何か?」


 伯爵が顔を上げた――勢い良く。

 表情に滲むのは切実の色。


「会ってもらえないだろうか? ――いや、親父に会ってくれ」

「と、いうことは、要するに……?」

「とにかく会ってもらいたい。いまは……そう言うのが精一杯らしい……」


 情けないことだと思わされた。「金なら払う」などと言われたから余計に。だけど、「いいですわ」となかば快諾した。はっきりしない男は嫌いだし、宙ぶらりんの関係も気持ちが悪いから、事が終わったら「もう来ないでください」と言ってやろうと考えた。客に対してあるまじき行為だけれど、毎度毎度、中途半端に気を遣うのは好ましくない。自分だって人間なんだ。良くも悪くも、伯爵に会うたび、ミレイはそう感じる。



*****


 もう明日明後日の命なんだ。


 馬車の中で伯爵からそう聞かされていたのだけれど、ベッドの上の老人はたしかにいつ死んでもおかしくないような容態に見えた。髪がまったくない――抜け落ちてしまったのは、病のせいだろうか。目の周囲は落ち窪んでいて、頬はしみだらけ。ヒューヒューと細い息を継ぎながら、ミレイを見た。


 老人――伯爵の父親は笑ってみせたのだった。


「さすがわしの息子だ。とびきりの美人を連れてきおった」


 伯爵は涙して――。


「ああ、親父。俺はもう大丈夫だ。もう、フラフラしたりしない。こちらの女性と、ミレイと、幸せに暮らすんだ」


 身体を起こそうとする、父親。

 伯爵が手を貸し、背を支えた。


 父親が骨ばった右手を差し出してきた。成り行き上のことでしかないけれど、両手を添えないわけにはいかなかった。――温かな手だった。


「幸せにな、ミレイさん。息子はいい奴なんだ。ほんとうに、気のいい奴なんだ」


 次の土曜日に、「親父が死んだ」と伯爵から聞かされた。



*****


 伯爵は「クラブ・リーフス」を訪れなくなった。

 東国との戦争に駆り出されているのだと、風の噂で知った。



*****


 五年もの月日が経過した、冬のある日のこと。


 ミレイが朝食のパンにかぶりついたところ、玄関の戸がノックされた。慎ましやかな音だったので気のせいかなとも思ったのだけれど、「はーい」と返事をして、戸を開けた。


 真白の軍服姿の伯爵が立っていた。


「女性の一人暮らしだ。簡単に姿を現すのは感心しないな」


 笑顔だ。

 落ち着いた声だった。


 伯爵には右肩から先がなかった。


 ミレイは背の高い伯爵を見上げる。


「戦争で、斬られたのですか?」

「ああ。斬られた。斬られたが、戦争を終わらせて、帰ってきたんだ」伯爵は両の瞳から大粒の涙をこぼした。「ミレイ、また会えた。俺はとても嬉しく思う」


 伯爵はいい顔をしている。

 吹っ切れたのだろう、じつにさっぱりとした顔をしている。


 だからミレイは「おかえりなさいませ」を自然に言えた。

 自然と、笑顔にもなった。


 ミレイは伯爵の手を引き、ベッドにいざなった。

 キスをする前にセックスをして、キスをしたあとで伯爵から告げられた。


 「心の底から愛しているよ」と。


 その言葉は、ミレイの心のうちにある鐘を見事にカァンッと打ち鳴らした。


 「合格です。おめでとうございます」


 ミレイは伯爵のささやかな勇気を称えた。

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