すき以上、恋愛未満

ゆーすでん

桜の頃

「何て仰いました? これは、部長が仰ったんですよ?

 忘れたんですか?  貴方がしていることは、パワハラですよ。」

 

 どんなに上の人間でも、間違った事を許さず指摘する。

 

「人事部に報告します。」


 その人は、そう言って去っていった。


「誰が、お前を、信用するか!」 


 部長が、にやけ顔でそう言い放った。

 部長は、ハラスメント人間。

 誰も彼もが、被害に遭っている。

 途端に、悔しくなった。


「佐伯さんに協力します。 部長の行為は、最低です。

 人事部に報告します。」


 実際、部長にパワハラを受けてきた。

 酒の席だと繰り返された行為を思い出す。

 だから、反論を認めない証拠を、必ず残していた。

 走って、後を追った。

 背後で、部長が何かを叫んでいる。

 息が切れるほど久々に走った。

 目の前には、満開の桜を見上げる人。


「どうしたの? 大丈夫?」


 驚きながらも、受け入れてくれた。

 両目が見えないほど長い前髪が風に揺れて、悲しそうな瞳が見える。

 呼吸を落ち着かせながら、呟く。


「佐伯さん、本当は会社が好きですよね?」

「どうして、そんなこと聞くの?」


 いつも以上に、優しい笑顔。

 

「一緒に、この会社で頑張ろう。」


 入社した時の、眩しい笑顔と言葉。


「佐伯さんの言葉で、この会社に入ろうって、決めたんです。

 佐伯さんが、居るから。 一緒に、頑張ろうって言ってくれたから。

 佐伯さんを、追いかけてきました。佐伯さんが居ない会社には、居たくない。

 お手伝い、させてください。」


 まるで、プロポーズみたい。

 

「修羅の道を行くの? やめなよ。」

「決めました。一緒に行きます。」


 春の風は、再び前髪を揺らした。

 

「部長を、ボコボコにしましょう。

 まずは、これ、聞いてください。」


 証拠を残すために持ち歩いていたボイスレコーダーを再生する。

 部長の声が響きだして、佐伯さんが驚いた顔をこちらに向けた。

 この人と、私は立ち上がる。

 桜咲く、今に。

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