第60話 本音を聞いた

 12畳の和個室には、隣り合うよう二つずつに分かれて布団が敷かれた。これは誰がどこに寝るかという争いになるに違いない。


「私は先名さきなさんの隣がいいですー!」


「それなら私は桜場さくらばの隣だねっ!」


 四人いるのに、実に平和的に二人だけの意見でポジションが決まった。この空間に争いなんて無いのだ。


 俺の脳裏によぎる、ある記憶。それは花見の後、俺と加後かごさんで同島どうじまが住むマンションに泊まった時のこと。


 俺が朝起きると、同島と一緒のベッドで寝ていた加後さんが、同島にまるで抱き枕かのように抱きついていた。そして二人のトップスの裾がめくれて、腰回りの白い素肌がバッチリ見えていたんだ。


 同島とですらそんな感じになるのに、先名さんの隣で寝るなんてことになったら、朝になってあの二人はいったいどんな絡み方をして眠っているのだろうか。同じ布団で寝るわけじゃないのに。俺を含めた全員が、薄めの館内着で寝るんだ、どう考えてもけしからん未来しか見えない。


 そして俺達は恋バナも枕投げもすることなく、部屋の明かりを消した。



 俺が目を覚ますと、部屋の中はまだ真っ暗だった。意外にも眠っていたようだけど、やはり多少の緊張で眠りが浅かったみたいだ。


 目が冴えてしまった俺は、スマホの画面の明かりを頼りにそっと部屋を出た。ここは24時間営業なので、人の姿は少ないながらも施設内は明るい。


 水でも飲もうと自販機があるスペースに行くと、先名さんが近くにある長椅子に座っていた。


「あら? 桜場くんも眠れないの?」


「なんだか緊張してしまって」


 俺は座布団が敷いてある長椅子に座り、左に居る先名さんを見た。


「フフッ、女性三人と同じ部屋で寝るんだものね。そういうのなんていうのだったかしら?」


「ハーレム……ですね」


「そう、それね。桜場くんもそういうの好きなの?」


「それはまあ好きですけど、俺には彼女がいますから」


「同島さんね。あの子もすごくいい子だから、幸せにしてあげてね」


「それはもちろんです。それであの……先名さんは大丈夫ですか?」


「私? 私なら大丈夫よ」


「そうですか? それならいいんですけど、実はですね、先名さんに喜んでもらおうって言い出したのは同島なんです。聞きましたよ、最近は特に忙しいうえに後輩のケアもしていて大変だって」


「そうね、特に私達の仕事は精神的にまいってしまうこともあるから、グチでもなんでもいい、私でよければ後輩の子の話を聞くことにしているのよ」


「それは本当に尊敬します。でもそれなら先名さんは誰に頼ればいいんですか?」


「私は『みんなのお姉さん』だから、平気よ!」


「俺には先名さんが無理をしているように見えるんです」


「あら、そんなことはないわよ」


「先名さんのことだからきっと、同島達に弱いところを見せられないと思っているんでしょうね。でも俺も同島も加後さんも、もっと先名さんから頼られたいんです」


「でもそれだとみんなに迷惑がかかってしまうわ……」


「迷惑かどうかは俺達が決めるんですよ。少なくとも俺は迷惑だなんて思いません。同島と加後さんだって、同じはずです」


「本当に頼ってもいいの……?」


「もちろんですよ。みんな先名さんが大好きなんですから」


「嬉しい……! 本当はね、私はとっても寂しがり屋なの。だから誰にも頼れないことが辛いと思うこともあったんだよ……?」


 どこか先名さんらしくない口調で話す。


「でも誰にも相談できなくて……。上司にも友達にも、どこか遠慮しちゃう。まして後輩に迷惑かけたくないと思ってたの」


「迷惑じゃありません。むしろ俺達のほうからしつこいほど、先名さんが困ってることはないか聞きますよ! もちろん無いならそれが一番ですけどね!」


「ありがとう……! どうしよう、なんだかみんなに抱きつきたい気持ちになってきちゃった! 桜場くん……?」


 先名さんは俺を見ている。フリーなら受け入れたかもしれないけど、さすがにそれは彼女に怒られそうだし悪いと思うので、断ろう。


「えっと、俺の分もめいっぱい同島に抱きついて下さい」


「そっ、そうよね……? 私ったら彼女がいる子に何を言ってるのかしら……」


 こうして、これからは先名さんに頼ってもらう約束を取り付けて、俺達は部屋へ戻った。



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【次回、最終話】

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