第59話 喜んでほしい人がいる

 四人でスーパー銭湯に泊まることになった。目的は先名さきなさんの日頃の疲れを癒して喜んでもらうため。


 到着してすぐに四人で昼食をとり、和個室でまったりと過ごし、温泉に入り、岩盤浴で汗と老廃物を流し、再び四人で夕食をとって和個室でまったりタイム。なんて素晴らしい時間なんだろうか。


 部屋に到着した時に、加後かごさんが「旅行に来たみたいですー」と言ってたけど、本当にその通りだなと思う。


 普段の生活圏内から、さほど離れているわけじゃないのに、少し足を延ばせばこんなにも非日常な時間を過ごすことができる。しかも四人で来ているのだから、なおさらだ。


 そしてなんと今日は泊まりなのだ。俺達が泊まる和個室は12畳で、それプラス窓際にイスとテーブルが置かれた広縁ひろえんがあるため、快適に過ごせること間違いなしだ。


「さぁ! ご飯も食べたし、みんなで遊びましょうー!」


 加後さんが先陣を切った。俺はシンプルなことを聞いてみる。


「遊ぶって何して?」


「トランプです!」


「いや楽しいけど! もうちょっと何かあるんじゃない?」


「UNOのほうがいいですか?」


「カードゲーム一択なの?」


「恋バナでもいいですよ」


「修学旅行じゃないんだから……」


 いや待てよ? 加後さんの恋バナ、聞いてみたいかも。


「加後さん、恋バナって例えばどんな話?」


「私は彼氏いません」


「そうなんだ」


 俺は言葉の続きを待った。だが続きなど無かったのだ。


「加後さん、続きは?」


「ネタ切れです」


 恋バナ、完。所要時間一分である。加後さんはモテるけど、彼氏はなかなかできないのかもしれない。もし俺がフリーなら、もの凄く有益な情報だっただろうな。


「ちょっと桜場さくらば、加後ちゃんに何を聞いてるの!」


「彼氏がいるのかとは聞いてないじゃないか」


「桜場さん、私に彼氏いないって知ってどうするんですか、同島どうじまさんがいるのに!」


「最近の加後さん俺に厳しくない?」


「フフッ、やっぱり私、あなたたち三人のやり取りを見るの好きよ」


 そう言った先名さんは本当に楽しそうな表情をしていて、それを見た俺達三人も顔を見合わせて笑顔になる。


 それはただ単に楽しいからだけじゃなく、先名さんが楽しんでくれているということに対しての笑顔だ。今日はとにかく先名さんに楽しんでもらうことが最優先なんだ。


「私たちも先名さんの楽しそうな顔を見ることが大好きですよ! みんな先名さんに喜んでもらいたいんです。加後ちゃんと桜場もそうだよね!」


「もちろんですよー!」


「もちろんだ!」


 俺と加後さんが同じタイミングで答えた。


「みんな……っ! ありがとう……! 嬉しいっ……!」


 先名さんが涙ぐみながら、俺達に感謝を伝えてくれた。それを見た彼女はなおも先名さんに言葉をかける。


「先名さん、まだまだ喜んでもらいますよ!」


 そう言って彼女がバッグから取り出したのは、綺麗にラッピングされた四角い箱のような物だ。


「先名さん、これは私からの日頃の感謝の気持ちです。受け取ってください!」


 そう言って彼女はそれをスッと先名さんに渡そうとする。


「えっ!? そんな急にどうしたの? 理由も無いのに受け取れないわ……」


「やだなぁー、もうすぐ何の日か忘れたんですか?」


「私の誕生日……」


「そうです! だから立派な理由があるんですよ! ちょっと早いけど、受け取ってもらえたら私も嬉しいですっ!」


「同島さん、ありがとう……!」


「どういたしまして!」


「先名さん、安心するのはまだ早いです!」


 今度は加後さんがラッピングされた物を先名さんに手渡した。


「加後さんまで……。ありがとう……!」


 実は俺もプレゼントを用意している。彼女から、先名さんにプレゼントを渡すことを提案されていたからだ。


 俺が用意したのはティーセットという無難(?)なものだけど、先名さんに対する感謝の気持ちを込めておいた。


「実は俺からもあるんです」


「桜場くんまで……! 部署が違うから、私は本当に何もしていないのに……」


「部署は違っても、先名さんへの感謝の気持ちは俺の本心なので、受け取ってもらえると嬉しいです」


 すると先名さんは「ありがとう!」と言って、遠慮なく受け取ってくれた。


「みんなっ……! 本当にありがとう……! わっ……私っ、みんなと出会えて本当によかった……! 本当に……っ!」


 先名さんの目には涙が光る。きっと俺達の知らないところで、大変な思いをすることもあるだろう。でも『みんなのお姉さん』であり続けようと、一人で抱えていることだってあるに違いない。


 俺達はそんな先名さんを少しでも支えられたらと、日々を過ごしている。お互いを思いやることを忘れない人達に囲まれて、俺も幸せ者だなと改めて実感した瞬間だった。


 そしてまったりタイムも終わり、そろそろ寝る時間になったわけだが……。


「じゃあ四人分の布団を敷くねー」


 彼女はそう言って四人分の布団を用意し始めた。12畳の和個室には、隣り合うよう二つずつに分かれて布団が敷かれた。


「みんなでお泊まり楽しいなっ!」


 加後さんが楽しそうに口を開く。うん、楽しいのは間違いないけど、こんなの眠れるわけがないじゃないか。

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