第37話 美人の先輩は分かっていた

 俺が職場の自販機前で来るかどうかも分からない同島どうじまを待っていると、先名さきなさんと遭遇した。遭遇と表現するとなんだか敵みたいだから良くないな。先名さんとお会いすることができた。


 超絶美人お姉さんと会うことができて、しかも会話までしているんだから、むしろ喜ぶべき。


 先名さんによると、今日の同島はなんだか嬉しそうにしているらしい。


「何かいいことでもあったのかしらね。桜場さくらばくん、何か知らない?」


「思い当たることは無いですね」


 俺はそう答えたが、先名さんは全く信じていないようだ。


「ふぅーん、本当に?」


 こうなると俺が先名さんに勝てる可能性はゼロパーセントだ。


「実はおととい、新入社員研修の担当者同士の親睦会がありまして。それを同島と二人で途中で抜け出して、公園で話をしただけですよ」


「桜場くん、同島さんと二人で何をしていたのかしらね? まさか公園で!?」


「いやだから公園で話をしただけですから!」


 そういえば初めて先名さんと会った時も、俺と加後かごさんが居酒屋の個室で!? みたいなことを言われたことを思い出した。


 もしかして先名さんって、その手の話が好きだったりするのでは? 美人お姉さんのその辺りの事情ってどうなんだろう? そういうことが好きで積極的な美人お姉さんって、もしかして最高なのでは?


 ざっと考えても疑問が三つも出たが、全部答えが出ないのが残念だ。全部俺の想像だから、先名さんを勝手に変なキャラにしてはいけない。


「あら、私は『まさか公園で!?』までしか言ってないわよ。桜場くんは何を想像してたのかな? ムキになっちゃって、可愛いんだから」


 先名さんにとって俺ってなんなんだろう? そういえば花見の時、三人の中で一番好みのタイプなのは先名さんだと伝えたんだった。彼氏がいないことも聞いたっけ。


「フフッ、からかってごめんね」


 はい、今ハッキリ『からかって』と言いましたね。


「冗談はこのくらいにして、桜場くんは同島さんのことどう思ってるの?」


「なんですか急に。どうって、明るくて楽しい友達ですよ」


「そうじゃなくてね、女の子としてどう思うかってこと」


「同じことですよ。明るくて魅力的だと思います」


「うーん、どこか事務的なのよね。……あ、ごめんなさい、ここは職場だものね。誰に聞かれているか分からないから、答えにくいわよね」


 先名さんはそう言うと俺の方に近づいて来た。ただ近づいたわけじゃない。俺の右側に来て、俺の耳元でささやいた。


「これでどうかしら? これなら私にしか声が届かないんじゃないかな」


 先名さんの吐息が耳にかかる。それは脳に届いて脳がとろけそうなほどに。こんなところを誰かに見られるほうがマズいんじゃないか?


「本音を言っていいのよ」


 さらに吐息がかかる。早く答えないといろいろヤバい。俺は先名さんの方は向かずに小声で答えることにした。


「最近は今まで知らなかった同島を知ることが増えて、内面の可愛さを感じることが多くなりました。改めて同島っていい子だなと思います」


「同島さんが彼女になったら嬉しい?」


「そうですね、きっと楽しいんだろうなと思います」


 俺がそう言うと先名さんは元の距離に戻って口を開いた。


「正直に答えてくれてありがとう」


「これって大事なことなんですか?」


「少なくとも私にとっては大事なことよ」


 ここで俺は先名さんとの約束を果たそうとした。その約束とは、先名さんと加後さんから同時にランチに誘われ、先名さんのほうを断った時、「後日俺からお誘いします」とメッセージを送ったことだ。


 ただの社交辞令で終わらせるには失礼だなと思ったんだ。


「先名さん、この前俺からランチに誘うとメッセージ送ったの覚えてますか? その約束を果たそうと思うんですけど、いつが都合いいですか?」


「もう、どうしてこのタイミングなのかなぁ。さっきの言葉を聞いちゃったんだもの。もう行けないじゃない……」



 

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