第31話 同期の変化を感じた

 ミーティングルームで向かいの席に座っている同島どうじまと目が合い、おそらく10秒ほど見つめ合った。先に目をそらしたのは同島だ。


 目が合ったということは、同島も俺を見ていたということ。昨日の先名さきなさんとの話から考えて、男としての俺を見られているのだろう。そう思うとなんだか緊張してきた。


 ミーティングが始まり、それぞれが所属と名前と簡単な一言を言って自己紹介をしていく。初めて加後かごさんと会った時のように省エネ自己紹介で済ませたいが、さすがに仕事となるとそうもいかない。


 全員の自己紹介が終わりミーティングがある程度進んだところで、全員を見回せる位置に立ってこのミーティングを仕切っている、他部署のリーダーの男性が全員に向かって話し始めた。


「今回はそちらに居る桜場さくらばさんが各部署の資料を作成してくれました。桜場さん、もしこの場で全員に伝達事項があれば、遠慮なく言って下さい」


 そう言われてもし「ありません」と言った場合、評価が下がるような気がするのは俺だけだろうか。例えると面接で「何か質問はありますか?」と聞かれて、「特にありません」と答えると落ちそうな気がする、みたいな。


 だからじゃなく本当に伝達事項があるため、俺は立ち上がり全員に向けて話す。


「先程お配りした資料が各部署の概要をまとめたものです。研修当日はその資料に沿って各担当者が説明をして下さい。もし修正箇所や不明な点があるようなら、このミーティングが終わった後に私までお願いします。それも想定して時間には多少の余裕を持たせてありますので、どうぞご遠慮なく。私からは以上です」


 俺はそれだけ言うと全員を見回した。同島だけが音が出ないように小さく拍手をしてくれている。拍手をされるようなことではないのに、なんだか俺はそれが嬉しかった。


 ミーティングが終わり解散となった。俺がすかさず同島のもとへ向かおうとすると、同島から俺のもとへとやって来た。


「桜場お疲れ様」


「お疲れ様」


「さっき全員に向けて話した桜場、良かったよ」


「あれくらいは普通だろ」


「おっ? 言うようになったね! 私たちが新入社員の時は、電話対応のシミュレーション一つであんなに噛みまくりだったのに」


「それをいつまでも覚えているのは同島だけだと思うぞ」


「うん、忘れないよ。だってそれは私だけが知る桜場だもん」


 さっきまでの冗談めかした会話とは一転して、急に真面目なトーンで話す同島。その表情は真っ直ぐで、視線は俺だけをとらえているように見える。そんな同島を見て俺は思わず目をそらした。


「あの時はまさか桜場と飲みに行くようになるとは思わなかったなぁー」


「それは俺だって同じだ。いい機会だから聞くけど、なんで俺だったんだ?」


「うーん、他にいなかったから?」


「いや俺に聞かれても分からんし、消去法じゃないか」


「フフッ、冗談だよ。なんというか、気軽に誘えると思ったんだよね。そして大人数じゃ来ないだろうなともね。今考えると男の人と一対一で飲みに誘うなんて、私けっこう大胆なことをしたよね」


「まったくだ。同島は可愛いんだから、俺が言うのもなんだけどもっと警戒しないとダメだと思うぞ」


「ね、そういうことを言うでしょ? あんまり言われると気になってきちゃうよね」


「そんなに言った覚えは無いんだけど」


「私も今までは『またそんなこと言って。でもありがとね』と思ってたけど最近は、いや昨日からかな? 改めて考えてるんだよ」


 それは紛れもなく昨日の先名さんとの会話のことだろう。


「困ったなぁ、これから飲みに誘いづらくなったなぁ。気になるようになっちゃった」

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