第5話 お姫様抱っこをした後輩と再会した
俺と
「同島さん、ここにいたんですね。
「分かった、すぐ戻るね。加後ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
同島は自分の部署へ戻って行った。ここで俺が次にとる行動は二種類が考えられる。
加後さんに話しかけるか、黙って自分の持ち場へ戻るかだ。
(よし、知らないフリをしよう)
加後さんはあれだけ酔っていたんだ、覚えてなどいないだろう。俺は空き缶をゴミ箱に入れると、加後さんの方は見ないで歩き出した。
「ちょっと待ってください、
悲報。俺、見つかってしまう。お姫様抱っこという意味分からん行動をとった手前、どうにもばつが悪い。
「俺のこと覚えてるの?」
「もちろんですよ。あの時は変に絡んですみませんでした」
そう言って頭を下げた加後さん。なんだ、礼儀正しい子じゃないか。
「いや、俺の方こそ変なことをして申し訳ない」
「いえいえ、お姫様抱っこなんてなかなか経験できることじゃないですからね」
「加後さんは酔うとあんな感じになるの?」
「いえ! あの時は特にストレスが溜まっていたので、つい飲み過ぎてしまいました」
加後さんは少し恥ずかしそうに言う。そしてさらに続けた。
「桜場さんって、私のこと知ってましたか?」
「同島から名前くらいは聞いてたよ」
「私の印象ってどんな感じですか?」
「酔っ払い」
「そっ、それはそうですけど! できればあの姿は忘れてください!」
加後さんはそう言ったけど、それは無理な話だ。俺だってお姫様抱っこという、なかなかに強烈なことをしたんだから。
「せっかく可愛かったのに忘れるのはもったいないな」
「私がですか? でもワザとじゃないんです。むしろ反省しなきゃって思います」
「ごめん、不快だった? ただ思ったことをそのまま言っただけで、変な意味は無いんだ」
「いえ、大丈夫です! ……あの、もしよかったらなんですけど——」
加後さんは声のボリュームを小さくして言葉を続ける。
「——今週末に私の部署の仲のいい人達でお花見をするんですけど、桜場さんも参加しませんか?」
「お断りします」
「断るの早すぎませんか!? 誰が来るのかとか、どこでするのかとか、もうちょっと聞いてくれてもいいのに」
さっき加後さんが下げたばかりの声のボリュームが、秒で元に戻っていた。
「加後さんの部署って女性が多いから、俺が参加できる雰囲気じゃないと思うんだけど」
「それなら心配ありません。会社のお花見じゃないから、メンバーは少なめです」
「誰が来るの?」
「先名さんと、同島さんと、私です」
「女子会じゃないか。なおさら俺が参加するわけにはいかないな」
「大丈夫ですよ。知らない仲じゃないんですから。それに本当の私を見てもらいたいです」
なかなか大胆なことを言う。おそらくは、泥酔したあの姿は本来の姿ではないと伝えたいのだろう。
誘ってもらえるなんて嬉しいことだし、せっかくだから参加することにしよう。
「断る理由が無いし、参加させてもらおうかな」
「それだと断る理由が無いから、仕方なく参加するみたいに聞こえてしまいますよ」
「ごめん、決してそんなことはないんだ」
先名さんにも同じようなことを言われたな。気をつけよう。
「加後さん、連絡先を教えて」
「桜場さん、意外と積極的ですね」
ここは職場なので、周りに誰もいないことを確認してから、加後さんと連絡先を交換した。
職場の男から絶大な人気を誇る加後さんと、連絡先を交換しているところを見られたら炎上しそうだ。
「細かいことはあとで連絡しますね」
そう言って加後さんは持ち場へ戻って行った。
それから数時間後、同じ場所で同島から声をかけられた。
「私と先名さんと加後ちゃんで今週お花見をするんだけど、桜場も来ない?」
「それならもう加後さんに誘われて、俺も参加すると伝えたんだけど」
「そうだったんだ。仕事中はなかなか雑談できないから、加後ちゃんが伝えるタイミングが無かったんだね」
そしてその日の夜に先名さんから、あのコミュニケーションアプリでメッセージが届いた。
内容は、『三人でお花見をするから来ない?』というものだった。
それぞれ別の人から、同じイベントに三回も誘われるという珍事が起きたのだ。しかも最初に参加すると伝えたのに。
同じ部署なのに、報(報告)・連(連絡)・相(相談)はどうなっているんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます