会社の先輩と後輩と同期が俺にだけ素を見せてくる話

猫野 ジム

第1話 同期と飲みに行ったらよく知らない後輩が来た

「ねえ、桜場(さくらば)」


 桜が咲き始める季節。職場にある自販機の前で俺が小休憩をしていると、同期の女性社員から声をかけられた。


 彼女の名前は、同島(どうじま) 真由(まゆ)。入社して2年、俺と同期入社で歳も同じく24歳だ。

 茶色がかったセミロングのゆるふわパーマに端正な顔立ちで、十分に可愛いと言えるだろう。身長は150センチ後半で、女性の平均身長くらいだと思われる。


「どうした?」


「仕事終わったら飲みに行かない?」


「またか」


「だってストレスが溜まってしょうがないんだもの」


 俺達が勤務している会社は、製造業を営んでいる。その中の部署の一つにカスタマーサービスがある。いわゆる『お客様相談窓口』だ。


 自社製品についての問い合わせに対応することが主な業務内容で、製品の使い方やサービスの内容などを案内している。

 その中にはクレーム対応も含まれていて、チャットでも対応しているが、やっぱりまだまだ電話で言ってくる人が多い。


 俺はそことは違う部署なので、基本的には代表電話に出ることは無い。


「また今日もキツいクレームがあったのか?」


「うん。だからこまめに発散しないと、やってられない」


「毎日のようにクレーム対応しているのは尊敬するけど、俺と毎週のように飲みに行ってるよな。たまには他の友達と行ったらどうだ? 同島は友達が多いだろう?」


「だって友達と飲みに行った時にそんな仕事のグチを言うなんて、聞かされる方は嫌な気分になるでしょ」


「俺は毎週のようにそれを聞かされているんだが」


「だって友達じゃないし」


「俺泣いていい?」


 同島とは入社してすぐの研修で同じチームになった。『可愛い子と一緒でラッキー』と思ったことを今でも覚えている。性格は明るくいかにも友達が多そうで、俺とは全く違うタイプのため、こんなふうに気軽に話せる関係になるとは思っていなかった。


 サバサバ系というのだろうか。俺は口下手だから正直なところ、積極的に話しかけてくれることに助かっている。

 社内でも明るい子として友達が多いようだ。


 それにしても同島を友達だと思ってたのは俺だけだったのか。さっきの俺の「友達と行ったらどうだ?」というセリフが、俺だけが同島を友達だと思ってたみたいでクッソ恥ずかしい。


「桜場は同僚でしょ」


「お、おぅ……。間違いない」


 別に同島と特別な関係になりたいわけではないが、『友達』ではなく『同僚』と表現されると、それはそれで寂しいものだ。



 そして仕事終わりに同島と二人で、行きつけの居酒屋にある少し広めな座敷の個室に座った。付き合ってるわけでもなく、ただグチを聞くだけなので、おしゃれなバーなどの雰囲気のいい店である必要は無い。それには同島も賛成している。


「——でさぁ、どんな物だって壊れる時は壊れるんだっての! しかも買って10年経った物を今さらタダで新品に交換なんてできるわけないじゃん!」


 テーブルを挟んで対面に座る同島はそう言いながら、空になった中ジョッキをテーブルに置いた。これで何杯目なんだろう。


「ああ、たまにいるよな。無茶な要求をしてくる人」


「カスハラよ、カスハラ!」


 カスハラとは、『カスタマー顧客ハラスメント』の略だ。明確な線引きは曖昧あいまいかもしれないが、理不尽なクレームや暴言、過度な要求のことを指す。


「カスタマーハラスメントのことだな」


「違う。によるハラスメントのことよ」


 これは重症だ。こういう時はとことん話を聞くに限る。


「最近になってようやく、カスハラについて世の中が動き始めた感じがするな。毎日のようにクレーム対応してる同島は凄いよ」


「ありがとね。そう言ってくれるのは桜場だけだよ。それなのになんで他の人とはあまり仲良くなろうとしないの?」


「別にワザとじゃないんだが、俺は話すのが上手くないことに加えて、交友関係は狭く深くと考えているからかもしれない」


「確かにそれもいいかもね。それはそれとして、交友関係が広い方がいいこともあるよね」


「そうだな。それは俺もそう思う」


「そんなあなたに嬉しいお知らせがあります。これからもう一人この飲み会に参加します」


「えっ? 聞いてない」


「うん、言ってないもの」


「おじゃまします」


 聞き慣れない可愛い高い声と共に、小柄な女性が部屋の中へと入って来た。

 きれいな黒髪ショートボブで、大きな目をはじめとした顔立ちはくっきりとしており、『美人』ではなく『可愛い』と表現する人がほとんどだろう。

 

「加後(かご)ちゃん、いらっしゃい!」


 同島から加後ちゃんと呼ばれた女性には、俺も見覚えがある。同島と同じ部署の後輩だ。去年入社したばかりで、歳は21歳だったか。

 見た目の可愛さはもちろん、明るくて気さくに話してくれるので、職場の男の間ではちょっとした有名人だ。


 加後さんは同島の隣に座ったので、俺から見て対面の左に同島、右に加後さんという位置関係になった。


「同島、この状況を説明してくれ」


「加後ちゃんが来た」


 俺は言葉の続きを待った。だが続きなど無かったのだ。


「それだけ? そんなの見れば分かると思わない? もっとこう、こうなった経緯とかあるだろう」


「もう、それならそうと最初から言ってよね」


……めんどくせえ。見た目では分からないが同島は酔っている。いつものことだから間違いない。


「私が呼んだのよ。加後ちゃんも相当ストレスが溜まってるみたいだから」


「加後といいます。入社して1年の21歳です。同島さんとは同じ部署です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「桜場です」


 俺はこれ以上無いであろう省エネ自己紹介をした。しかし同島はお気に召さなかったようだ。


「それだけ? そんなの自己紹介じゃないと思わない? もっとこう、どこの部署だとか私と同期だとかあるよね」


「無いが?」


「いやあるでしょ。加後ちゃんごめんね。こんなだから慣れるまでが大変だけど、話は真剣に聞いてくれるからね」


「大丈夫です。落ち着いている人だなと思います」


(礼儀正しくてしっかりしてる子だな)



 それから1時間ほど経った。


「桜場しゃんさん聞いてくらはださいよー、わらしわたし今日お客しゃんさんから暴言を吐かれちゃいましてぇー……!」


(さっきまでの加後さんはどこへ?)


「同島、加後さんめちゃくちゃ酔ってるけど大丈夫か?」


「加後ちゃんにもいろいろあるんだろうね。でも計算とかじゃないから安心していいよ。それに私は妹に迎えに来てもらって、加後ちゃんも一緒に送るから大丈夫よ」


 そう言ってからスマホを見た同島は、すぐに前言撤回した。


「本当にごめん、家のことで急用ができて今から妹が迎えに来るから、私帰らないと」


「えっ!? 大丈夫か? それにどうするんだこの状況」


「悲しいお知らせとかじゃないから大丈夫。それよりも本当にごめんね。ワザとじゃないの。桜場は酔ってる女の子に手を出したりしないよね。それと応援を呼んでおいたからね」


 それから同島は迎えに来た妹の車に乗って帰って行った。ほぼ初対面の女の子と二人きりなんて勘弁してくれよ。


「同島しゃんさん帰っひゃいちゃいましふぁね」


 加後さんの目がトロンとしており、今にも眠ってしまいそうだ。確か同島が応援を呼んだと言ってたな。それまで耐えよう。


「加後さん大丈夫? もうすぐお迎えがあるらしいけど、立てそう?」


「……おんぶ」


「なんだって?」


 おんぶって……。この子は何を言っているんだろうか。ん? そういえば、俺おんぶなんてしたことあったっけ? 子供がいるわけでもないし、おんぶの正しいやり方が分からないかも。


 そういえば、むかーし昔に彼女がいた時に一度だけ、介抱したことがあったな。慣れていないことをして万が一、加後さんが落ちたら大変だ。あの時と同じ方法にしよう。

 テンパって慌てていた俺は、自分でも意味が分からない対応をしようとしていた。


「桜場しゃんさん、おんぶ」


「……お姫様抱っこなら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る