第3話:華々しい門出

呼び鈴が鳴って、ラッキーは玄関に向かった。ラッキーにしては珍しく、腹を立てているのだ。何故か?仲良くしてきた親友が突然、この国から居なくなると宣言したからだ。怒りに任せて玄関を開く。


「どちら様ですか!…ってえぇ!?」

重たそうな製図台と、死体のように転がっているトキが、ラッキーの視界に入ってきた。



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食卓には、湯気が立った紅茶にチーズケーキ。

「……と色々あって、明日出発することにするよ」

言うと、ラッキーは喉に紅茶を詰まらせた。ゴホゴホッと咳をして、眉をひそめて顔を上げた。

「私まだ認めて無いんだけど」

ラッキーは相変わらずである。


「気持ちは嬉しいけど、このままここで寿命を待つのはイヤかな」

「何で?」

「何でかは、あんまり分かんないかな」

今日は、ラッキーを説得しに来た。道中、製図台が重すぎて力尽きてしまったが、何とかここまで辿り着いた。


「そんなの、ダメだよ。私がおばあちゃんになるまで一緒に居るんだから」

「私は多分、ラッキーがおばあちゃんになってもまだまだ若いと思うよ」

「関係無い、そんなの」

好物のチーズケーキも味を感じない。言葉が出てこない。何と言ったら、彼女が納得してくれるのかが分からない。


「何で、この国を出ようと思うの?」


答えられない。喉が締まり、時間稼ぎの言葉すら出てこない。


「そんなに気にしてるの、それ」

ラッキーの声が少しかすれている。

「そんな事無いよ、安心して」

光輪をスっと廻して笑顔を作る。


ラッキーは紅茶の入ったコップを横にずらして、肘をテーブルに押し当てた。

「トキ、本当の事を教えてよ。数年間一緒に居たけど、まだ全然トキの事知らない。本当はもっと知りたいのに、知りたいのに…」


ピタリと光輪が回転をやめた。ああ、これだから嫌だった。ラッキーに仮面がつく予兆がした。

私が疑えば、怖い仮面が張り付くんだ。

唯一の友人だからこそ、心を覗きたくなかった。


「私にとっては、丁度良い友人だったよ」

「どういう意味?」

そう言うと仮面が剥がれた。しかし、ラッキーの顔は曇っている。


「ラッキー。私はね、人間じゃないから知れない。知りたくないんだ」

頭上の光輪は再び回転を始めた。何だか目元が暑くなってきた。ラッキーの顔も、歪んで見える様になってきた。


「トキ、どうしたの、泣いてるよ?」

言われて始めて、気が付いた。その場から逃げるように、席を離れて製図台を担いで外へ出た。



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ロバに荷車を繋ぎ、食糧に寝袋、製図台も全て運ばせる。私は上には乗らず、同じ目線でロバを引っ張り、歩く。街から人の姿が消えている。大繁盛していた八百屋からも、毎晩行列を生むパン屋からも客は一人もおらず、店員すら見当たらない。


「どういうことかな?」ロバに話しかけるが、当然無反応だ。

ふと、ロバが足を止めた。ブルルッと鼻息を吐いて前を睨んでいる。つられて私も目を凝らす。


———え?


花道のように、人が集まっている。私の歩く道には、花びらがたくさん落ちている。いつの間にか歓声が上がっている。人々の中にはドワーフや獣人もちらほら見える。


からかっているのか、と目線を落とす。


「頑張れよ〜」

声が聞こえた。誰の上げた声かは分からない。

次々に投げかけられる応援の声に、呆然と立ち尽くしてしまう。地面に、人の影が映った。


「トキ」

目の前にラッキーが立っている。

「私が集めたんだよ、街の人に声をかけて」

「何でそんな事したの?」

「分かってないなあ」ラッキーはにこやかに笑った。


「いつも言ってるでしょ。皆トキの事が好きなんだよ!じゃないと店を閉めたり、仕事の手を止めてわざわざ来てくれないよ」


「でも…」

「そうですぞ」ラッキーの後ろから、国王補佐が顔を出す。

「考えすぎぬ事だ。皆、ハイロを見に来たんじゃない。トキという、未来のスーパースターを一目見るために来てくれたんじゃ」

一呼吸おいて。

「勿論、ワシもじゃ」


おかしい。いつもなら、仮面が襲ってくるのに。何でだろう。


「トキ、いつ帰ってくるの?」

「……二年後に顔を出すよ」

「遅い」

「じゃあ一年」

「……もっと」

「半年。これなら良い?」

涙を堪えながらコクコクと頷く彼女を、ゆっくりと抱きしめる。


大勢の人々に見送られ、私はスタートを切った。

振り向くと、全員の顔がはっきりと見えた。

この日から、光輪はピクリとも動くことは無くなった。






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