第50話 佐久高校戦 ①
時間はあっという間に流れ、佐久高校との試合当日。
俺はいつも通り部室へ早めに訪れてから、試合前の準備を行っていた。
学校のグラウンドを使用する理由は、単純に部員たちが慣れている方で試合をした方が有利と考えたからだ。
(ここ一週間の練習によって控え組の守備強度はそれなりに上がってきた。メンバー内でコーチングすることも出来ているし、今日の試合がズタボロになることはまず、ないだろう。ただ、一つだけ懸念すべきことはあるな)
それは、二子石のPTA会長の日高だ。奴が万が一この試合を見学していたとして、勝利が出来なかったとすれば……最悪の場合、廃部論が再燃する可能性もある。
(控え組をテストするってのはあるが、勝利をもぎ取ることも必須だ。後半終了前に点差が勝っていなければ主力を出場させることも考慮するとするか)
そんなことを考えながらジャグなどの準備を済ませていると、桜木と相馬がやってきた。桜木は端的に挨拶を、相馬はペコリと会釈してからこう言ってくる。
「師匠。ボールの空気が入っているか確認しときますね」
「それじゃ僕は、グラウンドのラインを引いてきます!」
「おぉ、二人とも。ありがとな」
俺は二人が献身的に働いてくれることに感謝しつつ、準備を淡々と済ませた。
そして、試合開始一時間前には諸々の準備を完了させることが出来た。
グラウンドを使った練習をしやすいように半面コートだけ用いる軽い練習を選手に行わせていると、対戦校である佐久高校の面々が姿を見せる。
俺は黒田先生と共に事前挨拶と着替える場所などを教えてから相手方の先生と談笑していた。時折、相手方の先生が黒田先生にそういう視線を向けている気もしたが、まぁ男だしそんなもんだろう。
たわいもない世間話をしていると佐久高校の選手がユニフォーム姿で現れた。
それと同時に顧問の男性は「それじゃ、私はこれで。後、後で連絡先でも」と邪推な発言をしている。こんな女子サッカー部顧問で問題ないのか、と少しだけ思ったが俺が特に言及するところでもない。
とりあえず、試合に勝てるように戦術を組むことがもっともだろう。
俺はそう思いながら規定時間になったことを確認し、部員を集める。
「みんな、今日の試合は一週間で身に着けたフォーメーションの総括といっても過言ではない。今回のパターンを身に着けられれば、うちのチームはもう一つの軸を作ることが出来る。そんな風に俺が感じられるかどうかは、みんながこの試合で結果を残せるかにかかっている。だから……今日の試合も、勝っていこう!」
俺のくそなげぇ激励を聞いた部員たちは各々納得した表情でグラウンドに入った。ほどよい緊張感のある表情をしていると読み取れる中、試合を開始する笛が響いた。
佐久高校のキックオフで始まった試合は、開始早々二子石の前線が牙をむいた。
菅原が俊足を生かして走り、南沢がパスコースとなる相手選手の近くに立つ。森川は俊足で右サイドバックへのパスをインターセプトする形にして見せた。
4-4-2、ダイヤモンド型のフォーメーションを取る佐久高校選手にとって、内角へパスを出す手段が潰されたのはあまりにも幸先が悪い。
そんな状況に追い込まれた相手は、GKまでボールをいったん下げた。それと同時にGKはダイレクトで前線にパスを出す。高く上がったロングパスは前線を追い越し中盤に入った月桃との一対一になった。
月桃は頑張ってボールに対して飛んだが、簡単に相手選手との競り合いに負ける。ヘディングで死に球になったボールは佐久高校のセントラルミッドフィルダーへ渡りそうになった。
このまま、前線で佐久高校ペースでボールが回るかに思われたが――
「なっ――!?」
そこの攻撃の芽を、トップ下兼ボランチを務める三好妹が自信なさげに潰した。
豆芝の予想通り、彼女はクリアボールや競り合いのボールをリバウンドする回収が非常にうまかった。現に、相手選手は彼女がやってきていることに気が付いていなかったのだ。
相手視野角の外側から体を入れてボールを奪い取る芸当は相馬ですら難しいプレーである。それをこなせる彼女の技術は、まさに天性といえるものだろう。
三好妹は奪い取った流れのまま、右の内側に入っている半田へパスを出す。砂の上で少し複雑なバウンドをするボールに対し半田は基礎に則り右足裏でトラップする。
直後、相手の左側に入っていたトップが正面からプレスにやってきた。半田は少し驚きつつも、瞬時に後ろへ戻す判断をする。仕掛けることもできる状況ではあったが下手に速攻を仕掛けて奪われるのは避けたいという気持ちが表れているのだろう。
(控え組の選手たちは少々消極的だな。もう少しガツガツといってもいいが……まだ指示を出すのは早いか。前半始まってまだ二分ぐらいだしな)
そんなことを思いながら試合展開を見る。最初にあれていた試合はだんだんと膠着状態に入っていった。佐久高校の選手たちがあることに気が付いたからだ。それは、FW陣の知性があまり高くないということである。
俺がそのように考えた理由は、トップの選手がチェイシングする際に連動する意識を忘れ始めているからだ。前線でプレスをかけるチェイシングを行う際、最も効果を発揮できるようにするには味方選手との連動が必要だ。つまり、パスコースを開けた先に他の味方選手がいてパスをカットできる、みたいな状況を生まなきゃいけない。
それを果たすには、事前にどっち方向を切っておくべきか互いに判断を出来るようにしておかなきゃならない。が、菅原と南沢は互いに目の前の状況で精一杯な状況となってしまっているのだ。
プレスの決まりがなければ守備する際のFWはただ躱されて相手にチャンスを創出させるだけの存在となり下がる。つまりやるだけ無駄というわけだ。
(まぁ、俺も悪かったか。チェイシングの指導はあまり行っていなかったからな)
一週間ということもあり二人には前線での指導をほとんど施していなかった。その結果、前線プレスは一回目だけ機能したもののすぐに弱点を見抜かれたわけだ。
(……四十分ハーフで既に半分が過ぎたか。相手にポゼッションばかりされていて、選手たちもイラついてきているな。俺から声を出すべきか――)
「皆、落ち着いていこう! 声出して、互いに掛け合っていこう!」
「そうそう! 顔上げてさ、互いの名前を呼んで行動を伝えればよくなるよ!」
俺の考えに対し、桜木と相馬が率先して声を出す。キャプテンと副キャプテンからの指示を聞いた選手たちは、段々と声を掛け合い始めた。
チーム内で声を掛け合うことで現在の問題を選手間で共有、修正していくことで、だんだんと状態が上向いていく。それの効果が顕著に表れ始めたのは前線の選手達が行っている積極的なプレスだ。
闇雲ではなく、パスコースを切りながら進めるプレスは、段々と相手選手が持てるボール保持時間を蝕んでいく。ボールに触れる回数が減れば顔を上げて状況視認するチャンスが減少してしまう。それによって生じることは――相手のミスだ。
相手選手の中盤がミスしたところを、トップ下に入っていた三好姉が回収する。
前線に残る選手は五枚、守備側は四枚。何度も練習で行ってきたシチュエーションが有利な状況で生み出された。
三好姉はゴールを一瞬だけ視認した後、ミドルシュートを放つ。
インサイドキックで放たれたグラウンダー性のシュートは、GKの体勢を崩させることに成功したが、パンチングでライン外へかき出される。
数的有利を無くされるとあまり良くない状況の中、相手の右サイドバックがボールを割らせるように体を入れる。後ろから南沢が走るが、あまり足の速い選手ではない奴は当然追いつくことが難しかった。
だがな……うちにはいるんだよ。そんな状況を覆せる奴が。
緑髪をなびかせながら砂のグラウンドをかけるやつが。
「こんじょおおおおおお!!!」
元陸上部、森川ってやつがな。
「ふんぬぅっ!!!」
森川は声を張り上げながら相手選手とラインの間にあるボールを目にもとまらぬ速さでカットする。南沢を警戒していた守備にとって奴の動きは想定外だったようだ。
森川のおかげでペナルティエリアには相当な人数差が生み出される。
GKが必死にコーチングしているようだが、中々難しいだろう。
(決めろ――森川)
森川は頑張って身に着けたパス性のボールをゴールめがけてける。パスを警戒して外側に意識を向けていたGKにとって、内角は完全な穴となっていた。
GKの逆を突いたパス性のボールは――ゴールネットを静かに揺らすのだった。
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