【SIDE】桜木の悩み ①
「花菜お嬢様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、
試合後、シャワーなどを軽く済ませた桜木は自室でのんびりとしていた。
「このお茶美味しいわね、ユニ」
「ありがたいお言葉です、本日のお茶はリンゴのアップルティーに少しはちみつを加えてみました」
「へぇ~~そうなんだ」
桜木はことりとカップを置いてから、外の景色を眺める。
快晴の空、太陽に照らされる街はとてもきれいだ。
「ねぇ、ユニ。あなたは、私といていやにならない?」
「何故でしょうか、お嬢様? お嬢様みたいに優しくて、まじめな方はいないと思うのですが……」
「………」
桜木は少しむすっとした顔で窓を見ていた。
彼女の悩み、それは師匠である豆芝のことだ。
「ねぇ、ユニ。もしあなたが好きな人に暴力をふるう女がいたらどうする?」
「そうですね……凶器を奪い取って、腹を抉るかと」
「……物騒ね。少し引いたわよ」
「当然です。私にとっては、お嬢様が一番大切ですから」
「そ、そう……」
桜木は少し顔を引きつらせながらまた窓の方へ顔を戻す。
頬杖を突きながらため息をもらす桜木には、悩みがあった。
なぜ、師匠である豆芝に対していつも暴力をふるうのかということだ。
桜木は、豆芝を嫌っているわけではない。むしろ好きだ。
自分がなし得られなかったサッカー部をまとめるということを短期間で成し遂げ、さらには桜木に新しい技術をもたらす彼を、嫌いになる理由がない。
だからこそ、桜木は意味が分からなかった。
(好きな人に暴力をふるう人が、好かれるわけないじゃん。私だったら、絶対に嫌いになる。それに、豆芝さんだからまだ許してもらっているけど、他の人だったら私のサッカー人生が終わってもおかしくないほど酷い行動だよ……なのに……なのにっ、あの人が違う人といたって聞くと……ついつい、手が出ちゃう……)
鏡に映る険しい顔の自分に苛立ちを覚える。
なんでまともな対応が出来ないのか。
それがどうしても理解できなかった。
(……こうしちゃいられないわ)
「ユニ。一緒に出かけましょう」
「出かけるって、どこへ?」
「決まってるじゃない、図書館よ」
ユニは「図書館、ですか?」と復唱する。
桜木は「えぇ、そうよ」と首を縦に振り肯定した。
「何か、お探しの本でもあるんですか? もしあれば、協力しますよ」
「……他の使用人には秘密にしてちょうだいね」
「わかっていますよ。それで、何の本ですか?」
「……好きな人に暴力をふるったりしないための本について……」
桜木の言葉を聞いたユニは一瞬頭の中が宇宙猫になりかけた。高嶺の花として咲き続けているお嬢様に好きな人が出来たら驚くのは必然だった。
いや、驚くとは少しだけ違うかもしれない。
現に、ユニは金髪ポニーテールを揺らしながら楽しそうに笑っている。
桜木が顔を真っ赤にしながら指をいじいじする姿を見つめる視線は、いうなれば、他人の恋愛話を聞くのが好きな乙女の姿であるといえるだろう。
が、悟られてしまうと面白いものを見ることはできない。
それをユニは理解していた。お嬢様の巣を見続けて楽しみたいと思っていたユニはいつも通りの毅然とした態度で返事する。
「お嬢様、それはとても良いことです。将来、誰かとお付き合いする上でそのような知識は必ずお役に立ちますからね。私も誠心誠意、協力いたします」
「ユニ……ありがとう!」
桜木はバックに花が咲いているような気分にさせるきれいな笑顔を見せながら使用人の手をつかむ。体温の高さから、本当にその男性が好きなのだとユニは理解する。
そして、思った。
今日は、これをネタにお嬢様をおちょくろうと。
「いえいえ、私はお嬢様を支える従者ですから」
ユニはそんな気持ちを完璧に隠しながら、頭を下げるのだった。
※
二子石図書館は平均利用者数が高水準を保ち続けている建物である。
入ってすぐの所に高年齢層がたしなむ新聞や囲碁・将棋冊子が置かれており、今日もおじさんやおばあさんが訪れている。
奥側では将棋盤を持ち出して指している人物もおり、中々に自由な空間が広がっているようだった。
桜木は普段通りその場所を通り過ぎようとしたが、横目に捉えた人物を見つけた直後、そちらの方へ向かっていった。
「武田さん。さっきぶりだね」
桜木が出会ったのは、先ほどの試合でセンターバックを務めていた武田の姿だった。一度家に戻ったからか、服装は半袖Tシャツに短パンと軽装になっている。
「キャ、キャプテン!?」
「し――っ、声が大きいよ」
驚く武田を桜木が自分の口元に手を当てながら静かにするよう伝える。平静を取り戻した武田が「ふぅ……」と一息ついてから、顔をそれに向ける。
武田の前に置かれていたのは、九×九の盤で構成される将棋盤だ。互いに相矢倉の形を作っており、守りを重視した将棋であることが見て取れた。
「武田さん、将棋させるんだ。居飛車党なの?」
「はい。戦法は居飛車を使うことが多いですね」
「へぇ、そうなんだ」
武田がぱちんと手を指すと、相手は少し考えるそぶりを見せる。
その間に、武田は桜木の方を見て問いかける。
「キャプテンは何の目的でいらしたんですか?」
「あっ、えぇと、そのぉ……」
桜木が目をあちらこちらに向けながら悩んでいた。
まさか、彼に
「お嬢様は男性との恋愛関係に悩んでおられるのですよ」
訥々に裏切りの声が飛んできた。
後ろを振り向くと、うれしそうに笑う金髪少女の姿があった。
「ユニぃ~~~~!」
「お嬢様。図書館ではお静かに、でしたよね?」
「ぐぅっ……」
ユニの発した言葉は、じいさんばあさんたちに春を思い出させる。
周りの人々がかつての馴れ初めに花を咲かせるようになっていると席に座っていた武田が意見を伝える。
「キャプテン、書籍でしたら心理学系の本がいいと思いますよ。心理学で相手のことを掌握したほうが、効率が良いので」
「ありがとう、武田さん。考慮に入れてみるね。それじゃ、また今度」
「キャプテンこそ、お疲れ様です」
桜木は顔を赤らめながら足早に立ち去る。
隣にいるユニを見ながら小声で注意する。
「ユニ、あなたが有能だから許しているけど、止めなさい」
「申し訳ございません、お嬢様。お……役に立つと思ったのですが」
ユニは一瞬だけ素を出しかけることで、桜木が気が付くか確かめる。
申し訳なさそうな顔で言うユニに対し、桜木はジト目で彼女を見つめる。
「ユニ。まさか私を馬鹿にしようとか思ってはいないでしょうね」
「滅相もございません。私はお嬢様の盾であり、槍であり、良き理解者ですから」
「そう……なら、いいわ」
桜木はむっとした表情からリラックスした表情になり、彼女から注目をそらす。
「ユニ。これから本題の本を探すわよ!」
「……お嬢様。かしこまりました」
両手を腰に当てながら桜木がびしっという中、ユニは冷静に言葉を返す。
ゆっくりと、平穏な時間が流れる中。
彼女は本棚にはられたジャンルが書かれている黒板を見ながら歩いていた。
すると――今度は、見慣れた三人を目にするのだった。
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