第9話 キャプテンからの懇願
「凄い……サッカー系の書籍ばかりだ……!」
桜木はシイタケ目を輝かせながら俺の部屋でせわしなく顔を動かしていた。部屋の機材関係などもあるため、監視しているという段階だが……
(なんだろう。すげぇ背徳感がある)
だって、男なんだもの。そう思うぐらい許されるだろう。
(というか、危機感がなさすぎじゃないか……?)
俺は目の前で楽しげに本を読む桜木を見つめながら純粋に心配する。俺の性癖が、万が一桜木にマッチしていたらルパンダイブしていてもおかしくないからだ。
(けつとたっぱの大きい女好きじゃなかったら、危なかったな)
俺は自分の下半身がやばい状況でないことに安堵する。
飲み物をグラスに注ぎ、机に置く。
俺が呼びに行くと、桜木はきれいな姿勢が本を読んでいた。
その姿を見たとき、少しだけ琴音に似ているなと感じる。
まぁ、顔などは似ていないから彼女とは血縁というわけではなさそうだが。
そんなことはさておき、彼女を呼ぶとしよう。
「桜木、飲み物入れたから飲んでいいぞ」
「ありがとうございます!」
桜木は元気よく返事を返してから、書籍を複数持ってリビングにやってきた。
FWに関する特集をまとめたようだ。
俺の予想通り、桜木はフィジカルというよりもボディフェイクや足元の技術で勝負する前線の選手らしい。実際、彼女の技術は目を見張るものがあり、それなりに完成されていると思った。
そんな分析をしていると、桜木が両手で持っていたグラスをことりと置く。
その後、満面の笑みを俺に見せてきた。
「おいしいです、このお水!」
「そりゃよかった」
彼女のボブカットが少し揺れている。なんというか、元気で可愛いと思った。
……もしかして、俺がちょろいだけじゃないだろうか。
そんな不安を少し感じつつ、俺は桜木に質問する。
「桜木……お前、俺に何か頼みたいことがあってきたんだよな?」
「えっ、なんでわかったんですか?」
桜木は少しだけ目を丸くしている。
お前の顔ぐらい見れば、それぐらいわかるよ。
(桜木ってあれだよな。怒る時はぷんすかって擬音が出る感じで、少し悔しそうなときは子猫っぽい。笑っている時は太陽のように明るいし、勝負の時は闘犬のように熱がこもるって感じで、割と感情の機微が察しやすいんだよなぁ)
助かるなぁと思っていると、彼女は真剣な表情で見る。
「そうです。豆芝さんにお願いがあってきたんです」
一拍開けてから、彼女は頭を下げる。
「お願いします、ひより先輩をサッカー部へ戻すために協力してください!」
桜木のお願いは、今日の昼頃聞いていた先輩関連の話だった。
俺は用意したコップに入った水で喉を潤してから話を振る。
「ひより先輩ってのは、どんな選手なんだ?」
「ひより先輩は、アンカーを主にこなしていた方です。チームを落ち着かせつつ攻撃の起点となるパスを供給できます。後、無茶苦茶美人です」
「最後の情報はいらねぇが……なるほど、絶対的に外せない選手だな」
アンカーを務められるほどの体力がありながら、チームを落ち着かせられる。
なるほど、ボランチに近いな。
「桜木は先輩のこと、好いているのか?」
「そりゃもちろんですよ! 一年生の時から私や相馬に熱心な指導をしてくれまし、定期的に交流会などの取りまとめを行ったりもしてくれたんです。美人で優しくて、勉強もできて人当たりもいい。完璧な方ですよ!!」
なるほど……そりゃ凄いな。
もし戻ってくれば、チームは格段に強くなるだろう。
だが――それは得策ではない。
それを確定させるうえでは、桜木に一つの質問をすることが適切だ。
「桜木。中学時代、どの様な戦術を組んでいたか覚えているか?」
「私たちの意見を基にひより先輩が提案していた感じです」
俺は相槌を打ちつつ思考を巡らせる。
ひより先輩の行っていたことは、ボトムアップだ。
下からの意見を取り入れ、上層部として形にする。
先輩はたった一人で意見を捌き、形にしていたのだろう。
凄いなというほかないが……一方で、思うところがある。
それは、中学と高校の強度が格段に違うことだ。
俺みたいに日本トップクラスの指導を受ける連中は中学から高校や大学向けの体力づくりをやらされる。トップでやるには、無差別級に対応できる必要があるからだ。
それを踏まえると――現在のひより先輩を出すのは、あまり良くない。
まず、先輩に桜木が頼りきりになる可能性がある。
他人任せになる選手は、チームのここぞというところでほころびになりかねない。
二つ目は、先輩の体力。
あまり学校に来ていないとなると、体力が衰えている可能性がある。
試合に出場しても途中交代が関の山だ。
そして、最後の理由。
それは、先輩のメンタルだ。
経験したからわかるが、不調から立ち直ろうとすると何かしらの同期が必要になる。俺の場合は、復讐心と成り上りたいという欲求からだった。
そんな風に、俺は自分のファクターを理解することが出来ている。
しかし、先輩に関しては一切わからない。
なんで部活に来なくなったのかも、顧問と何があったかも、全て不明だ。
そんな状態で無理に戻って頑張らせても、体も心も壊れるだけだ。
そうなってしまえば、本当の意味でチームを強くすることは不可能である。
だからこそ――俺はこのように考えた。
先輩を戻さずに、チームを強くすることを目指そうと。
十秒ほど黙った俺は桜木の目を見てこう伝える。
「桜木。残念だが、お前の意見は却下だ」
俺の返事に桜木は表情をこわばらせる。
「な、なんでですか!? 先輩が戻ればチームは強くなるのに……」
「確かに強くなるとは思う。けれど、戻したところで本来の動きをしてもらえるかは分からないだろう。だって、先輩は無理して悩みを隠す可能性もあるだろうからな」
「確かに、私も悩みについては相談してもらえませんでした。一回でも相談されたら先輩の家に一人で向かって悩みを聞くのに……」
「お前に迷惑をかけたくなかったんだろ」
「そういうこと、ですかね……」
「そういうことだよ」
俺は悲しそうな桜木のことを見つつ、自らの考えを言う。
「桜木。俺たちが目指すのは、全国レベルのチームだ。それを果たすには、全員が、誰かに頼ろうっていう意識を持たずに実力を上げる必要がある。これを果たすには、桜木自身、先輩に頼るんじゃなくて自分で行動する意識をより強く持つ必要がある。違うか?」
「……はい。確かに、少し先輩に甘えようて思っていたかもしれないです」
「気持ちはわからないでもない。精神的支柱になれる人は重要だからな」
俺は彼女に賛同しつつ、こう提案する。
「だからよ、桜木。先輩が戻ってくるのは、俺たちが結果を残し始めてからにしねぇか?」
「結果、ですか……?」
「そうさ。結果を残したチームなら、先輩も変なプレッシャーを感じずにのびのびとプレーが出来る可能性があるだろ?」
「確かに……でも、それって最悪二学期が始まるごろまでにならないですか?」
「安心しろ。山岳に勝ったら俺の方で強いチームと練習試合を手配するからよ。もし勝てば……より他校の試合が増えるってもんだ」
「なるほど――! 確かに、一理ありますね! 先輩も、戻ってきやすいかも!」
桜木は元気よく返答した。少し影のある笑みを浮かべていた彼女の不安を、少しだけ払拭できたようだ。そんなことを思いつつ、俺は桜木に対して気になっていたことを問う。
「桜木。お前どうやって俺の家が分かったんだ? 住所とか顧問の先生にも教えていなかったはずだが……」
「単純ですよ。SPにつけていってもらったんです」
「えす……ぴー……!?」
俺の背筋に悪寒が走る。
SPという単語は、琴音が以前口にしていた言葉だからだ。もしかしたら――目の前にいるこいつは斉京グループの者なのか!?
「んぐっ……ぐっ……ふぅっ……」
俺はコップに残っていた飲み物の残りを一気に口へ流し込んだ。
ひんやりと冷えた頭が俺に冷静さをもたらす。
俺は一呼吸おいてから、真剣な顔で桜木に問いかける。
「桜木……お前、斉京グループって知ってるか?」
「知ってますよ。サッカーが強いんですよね」
「あぁ、そうだ。ならこういう情報は知ってるか? 斉京の寵愛を受ければ、プロになる道は確約されるってやつ」
俺は以前所属していたサッカークラブでコーチが語っていた言葉を口にする。この言葉は、斉京とかかわりのある人間なら表情をこわばらせて真剣に議論を始めるほど有名なフレーズだ。
「えっ!? そうなんですか!?」
俺が口にした言葉に対し、桜木は間髪入れずに返事を返す。
反応を見るに……斉京に関しての知識は皆無と考えてよいだろう。
俺は胸を撫で下ろしながら、桜木に帰るよううながす。命を奪われる可能性が低くとも、ラッキースケベチャンスだと言われても、俺は我慢する。
サッカー人生を無駄に投げ捨てたくない。
「私は帰りませんよ。お願いがあってきたんですから」
桜木は俺の顔をまっすぐ見つめながら椅子を降りる。
足音を立てながら俺の前にやってきた後――
「豆芝さん、いや、師匠! 弟子にしてください!」
素っ頓狂なことを言ってきた。
ちょとまてちょとまてお姉さん。
俺が弟子とる、どうするの??
そんな脳内悪ふざけは置いといて。
マジでどういう事やねん。
「……は? 弟子?」
俺が復唱すると、桜木は満面の笑みで両手を合わせる。
「はい! 私、豆芝さんのシュートセンスに惚れました! 遠距離から狭いマーカーに通し続ける技術、FWとして見逃すわけにはいきません! 是非とも! 私のものとして盗ませてください! お金はいくらでも払いますから!」
桜木は詰めよりながら俺に五枚の諭吉を握らせようとする。五万円で個人契約、普通に考えたら破格すぎるし受けてしかるべき何だろうが、俺には悩みがある。
桜木と金銭的契約を結んだら、色々と不味い関係性になりそうだからだ。飛躍した話だが、万が一に大会で実績を残した場合、パパラッチが俺たちの練習風景を写真に収めて隠れて恋愛関係みたいな記事を出したらどうなるだろうか?
復讐なんてできなくなるのは目に見えている。
(かといって、桜木にこの技術を身につけさせないという手はない。彼女が俺の得意なシュートを可能にすれば、チームのエースとして活躍する可能性があるな)
俺はリスクとメリットを天秤にかけながら静かに考え、答えを出した。
「分かった……お前を弟子として迎えてやろう。ただし条件がある。俺とお前は単純にサッカーを教えあう関係だ。だから金銭的なやり取りもなし。それでよいな?」
「教えあうって……私も何か教えるってことですか?」
桜木の返事に対し、俺は首を縦に振る。
「あぁそうだ。折角だし、俺としてもお前のボディフェイントと視線移動は身に着けさせてほしいと思っててな。俺は今の所コーチだが、将来的には選手として復帰する予定だしな」
「へぇ~~そうなんですね! 因みに、以前はどんなチームにいたんですか?」
俺は墓穴を掘った。マジでバカな自分を殴りたいが、仕方がない。
「……秘密だ」
俺は彼女に秘密のままにした。
下手に斉京所属と伝えると、どこから情報が洩れるかわからないからだ。
現に、俺は小学生の時に酒飲みスカウトに裏切られている。
これぐらい用心したってかまわないだろう。
「えぇ~~教えてくださいよぉ~~」
桜木は俺の二の腕に頬をすりすりしながらそんな風に言ってくる。
かわいい、正直言って無茶苦茶かわいい。撫でまわしてやりたいぐらいだ。
けれど、揺らいではだめだ。
俺は復讐に生きる男。童貞のままでいるんだ。
「ダメったら、メ、だ。諦めて帰るんだ」
俺は桜木を優しく振りほどき、彼女に宣告する。
「えぇ~~今日から練習させてほしいですよぉ~~」
桜木は目をうるうるさせながら俺にお願いしてくる。
マジであざとい表現やめろ。童貞殺しかてめぇは。
そんな風にツッコミを心の中で入れていると。
インターホンが鳴る。
「……また誰か来たな?」
俺は後頭部を擦りながらインターホンの主を確認する。
そこに映っていた人物を確認しようとしていた刹那――
「隙ありっ!」
「はっ!? お、お前! ふざけんなっ!!」
桜木が扉を開けてしまった。
お嬢様と思えないイカれた行動に俺の精神がぶれる中、俺は体が固まる。
なぜならそこには――サッカージャージをまとった相馬が立っていたのだ。
「お久しぶりですね、豆芝さん」
「久しぶりどころか、今日ぶりだろ。てか、どうやって家分かった!?」
「決まってるじゃないですか。桜木の車を必死に走って追ったんですよ。ほら、汗でジャージが濡れているでしょ?」
相馬は当然と言いたげな声色で汗をぬぐう。
(頭おかしいよ、こいつら……)
「どうしたんですか、豆芝さん? 顔色悪いですよ?」
「いや、なんでもないよ、ははっ……って、今気が付いたけどさ。お前ら、なんでトレーニングシューズを持ってきているんだ?」
俺は一つの疑問にたどり着く。
二人とも、サッカー用の靴を履いていたのだ。
そう、相馬も同じような格好である。
「決まっているじゃないですか、豆芝さん」
相馬はにっこりと笑いながら紐を取り外す。
直後、あらわになったのは丸い形状の袋だ。
俺は理解した。
こいつら、俺をはめやがった!!!
「さぁ、豆芝さん。練習しましょう!」
ふざけんなよこいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
俺はにこやかにほほ笑む二人を見ながら、絶叫するのだった。
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