あなたに捧げるエメラルド

夜海野 零蘭(やみの れいら)

あなたに捧げるエメラルド

俺の名前は岸村 あらた

関東圏の某都市でサラリーマンをしている38歳の男だ。


あの日、俺は生まれ故郷に向かう電車に乗っていた。

どうしても忘れられない、あの女性にまた会いに行くために―。


「あと5分であの場所に着く。」


そう考えると、胸が高まってきた。電車の外を見ると、いつも生活する都会とはまったく違う風景が見えてきた。


到着して電車を降りると、見慣れた古い木造の駅舎がそのまま残っていた。田舎の駅だからICカードは使えず、駅員に切符を渡して駅の外へ出た。


こんな風景を見るのは、実に20年ぶりぐらいと言っていいだろう。

この田舎を離れて20年―自分の生活がどれほど忙しくなっても、故郷を忘れたことは一度もない。


「新、久しぶりだな。元気にしてたか?」


駅前の小さなロータリーで、1台の車が俺の前に停車した。


「おう陽太、今日は迎えに来てくれてありがとうな。」


本宮陽太とは小中高が同じだった。仲良しだったが、俺が大学進学の道を選んで、陽太は地元企業に就職する道を選んだ。


20年間、帰ろうと思えば地元に帰れたのだが、とある理由で尻込みして帰れなかった。

ちなみに両親は今も健在で、高齢だがまだ元気に働いている。


「陽太、奥さんと子どもたちは元気にしてるのか?」


「毎日、子どもはみんな元気いっぱいで大変だよ。奥さんと俺は、そんな子どもたちと笑いながら生活している。お前はどうなんだ?」


「俺は、5年前に離婚しちまったんだ。幸いにも子どもがいなかったから、親権で揉めることはなかったけど…元嫁は、今は新しい彼氏と再婚したらしいから未練はないよ」


「そうか…辛かったな。人生は色々だな。まぁ、ここも20年の間に家が増えたり近場にショッピングモールが出来たりと、色々変わったよ」


陽太は車を走らせながら、地元の変わった場所を教えてくれた。

俺が上京する前は何も無い不便な田舎だったが、今はそこそこ生活の利便性が高くなっているらしい。


色々と案内してもらっている途中で、休憩がてらコンビニで買ったコーヒーを飲んだ。


「俺らが高校の頃は、コンビニに行くにも隣町まで30分は自転車走らせてたもんな。ずいぶんと変わったな。」


「そうだろ。それで、新はどうしてこの田舎に戻ってきたんだ?」


俺は少し黙り込み、ここに来た理由を話した。


「俺らが卒業する前日、雨が降っていたよな。あの日、津島みどりが交通事故で亡くなったのを覚えているか?」


「津島…か。もちろん覚えている。才色兼備で、都内の大学進学まで決まっていたのに」


「彼女が事故で亡くなったのは、俺のせいなんだ…地元に帰れなかったのは、彼女のことを思い出してしまうからだ」


陽太は驚きを見せた。明るい性格の陽太が、神妙な面持ちになって俺の話を続けて聞いた。


「俺と彼女は、初めての恋人同士だった。その日は、相合い傘の形で翠と将来について会話しながら帰っていた。現場の近くに差し掛かったとき、小さな女の子が道路に飛び出してきて『危ない!』って翠が助けようとして…大型トラックにはねられてしまったんだ…女の子は軽傷で済んだが。」


「新…」


「俺が…翠を守れなかった。ずっと後悔していた。翠の20年目の命日である今日、謝罪をするために彼女のお墓参りをしたいと思った」


陽太は俺の事情を静かに聞いたあと、こう話した。


「津島家のお墓は、俺ん家の先祖代々の墓の近くだから知っている。一緒にお参りにいこうか」


「ああ、ありがとう。」


そして、また陽太の車に乗って墓地へと向かった。

翠の家のお墓は、丁寧に手入れがされていてキレイだった。


「翠、あの時俺が守ってあげられなくてごめんな。これ…せめてものお詫び。君の名前にちなんで、エメラルドカラーのプリザーブドフラワーを持ってきた。気に入ってくれると嬉しい。」


エメラルドの花を供えて、陽太と一緒に彼女の墓で手を合わせた。

すると、それまでの小雨が止んで、厚い雲がかかっていた空から太陽が見えてきた。


「おや、天気よくなってきたな」


「彼女が天国で喜んでいるのかもしれない。よかったな、新。」


翠、ありがとう。

俺は、君の分まで精一杯生きてみるよ―



~終わり~

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